第259話 終幕の涙
ネイフィス様が退場し、両陛下に軽く挨拶を済ませると、私はレイノルト様と二人帰路に着いた。
「あっ」
「大丈夫ですか?」
力が抜けたのか転びそうになるも、すっとレイノルト様が抱き寄せてくれる。
「すみません、安心したのか力が抜けてしまったみたいで」
「お疲れ様です、レティシア」
傾いた体を直す中、レイノルト様は頭にポンッと手を置いて撫でてくれた。
「最初から最後まで、レティシアは一つも間違っていませんでしたよ」
「……そう、でしょうか」
「えぇ」
そして自然と向き合うと、レイノルト様は温かな眼差しで見つめてくれていた。その瞳は、私が抱いていた不安を見抜いているような気がした。
「王国の者として、公爵令嬢として。……何よりも私の婚約者として。全てに誇りを持ち、大切にしたが故にできた判断でしょう。臆せず怯まず、堂々と告げたレティシアは、誰よりも美しかったです」
「あ……」
「だから恐れないでください。レティシア、貴女は正しい。震える必要はありません」
頭から私の手へと自身の手を移動させ、ぎゅっと優しく触れた。
正直ずっと怖かった。王国の者として、公爵令嬢として、レイノルト様の婚約者として果たすべき責務と立場があった。それだけを優先し考えた結果下した決断が、間違っていないことは自分でもよくわかる。
ただ、あの一言でネイフィス様ーーマティルダの人生を決めてしまったかと思うと、それこそ自分には分不相応だったのではないかと、大きな不安が過っていたのだ。
それを全て理解したように、レイノルト様は包み込んでくれた。その配慮が何よりも胸に染み込んで、泣き出しそうだった。
「よく頑張りましたね」
「……はい」
それ以上は何も言わずに、私の涙を隠すように抱き締めてくれた。しばらくの間、私はレイノルト様の胸の中で安堵の涙を流すのだった。
時間が経って、ゆっくりとレイノルト様から
離れるとレイノルト様が残っていた涙を拭ってくれた。
「……酷い顔ですよね」
「まさか」
「あ、あまり見ないでください。人に見せられる顔じゃないです、きっと」
思った以上に泣いてしまったこともあって、隠しておきたいほど顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「そうですね、レティシア。そのように愛らしい表情は他の誰にも見せるわけにはいきませんね。見て良いのは、婚約者である私だけの特権です」
「な、何言ってるんですか……」
「本心ですよ」
突然の言葉に恥ずかしくなると、余計に顔が熱くなってしまった。パタパタと両手で仰ぎながら熱を冷まそうとすると、いきなりレイノルト様が私を抱き寄せた。
「レイノルト、レティシア嬢」
「レティシア嬢、大丈夫か?」
(ライオネル様、シャーロット様!)
挨拶をしようとしたが、レイノルト様に隠されるように抱き締められているので、二人の顔を見ることもできない。
「レイノルト。婚約者を大切にすることは良いことだが、挨拶くらいはさせてくれないか」
「何を仰いますか陛下。別れの挨拶なら先程済ませたでしょう」
「あれはネイフィス家の手続きをするため、仕方なく手短にしてだな」
「大丈夫ですよ。両陛下の気持ちはしっかりとレティシアに伝わっていますから」
兄であるライオネル様の言うことをさらりと流しながらも、私達の体勢が変わることはなかった。
(と、取り敢えず私は顔をどうにかしないと……!)
レイノルト様に抗議するよりも先に、ぐちゃぐちゃになった自分の顔を、どうにかまともにしようとした。元々レイノルト様はそのつもりだったのか、抱き締めたにしては空間が確保され、少し自由に動くことができた。
「レイノルト。ライオネルはともかく、私は、レティシアと話させてくれないか? 少しで良い」
「シャーロット。気のせいか? 今私を無下に扱うような言葉が」
「気のせいですよ、兄上」
「お前には聞いてないぞ、レイノルト」
三人が会話をする中、私はようやく表情を整えることができた。そっとレイノルト様の腕をトントンと叩くと、両陛下の前に慌てて顔を出した。
「すみません、すぐにご挨拶できず」
「気にするなレティシア嬢。全ては独占欲の強いレイノルトが悪い」
「そんなことはーー」
「ある」
私が否定する間もなく、ライオネル様は断言した。
「レティシア嬢、大丈夫か?」
「ご心配いただきありがとうございます。はい、大丈夫ですシャーロット様」
「よく頑張ったな。簡単ではない責務をよくこなしたと思う。レティシア嬢、お疲れ様」
「……ありがとうございます」
シャーロット様の親身な言葉がすっと胸に届くと、嬉しさを噛み締めながら笑顔で感謝を告げた。
「レティシア嬢。今回の件で、やはり大公妃は君以外いないと確信したよ」
「ありがとうございます陛下」
「……そこは名前で構わないぞ。何なら義兄様でもーー」
「ありがとうございます、陛下」
「……レイノルト、だからお前には聞いてない」
レイノルト様の圧のある笑みに、ライオネル様は困惑しながら苦笑いを浮かべていた。
「ふふっ、ふふふっ」
その光景が面白くて思わず声を漏らせば、他の三人にも伝染したように笑顔を浮かべるのだった。
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