第257話 愚か者の弁明


 襲撃の翌日、マティルダ・ネイフィス様は帝国騎士団によって王城へと連行された。ご令嬢が一人で企てた計画はあまりにもお粗末なもので、確たる証拠はレイノルト様によって全て押さえられたという。


 あまりの雑さに、逆に裏で糸を引くものがいるのではと感じるほどだったようだが、単純にネイフィス様が追い詰められた故に取った浅はかな行動だったようだ。


 今回の一件は大公妃殺人未遂と同格して扱われたため、ネイフィス様及びネイフィス家の罪は重いものとなった。マティルダ・ネイフィス自身は不当だと裁判を主張したが、父であり当主であった公爵がそれを許さなかった。


 さらに次の日、私とレイノルト様は彼女の罪状を聞きに登城することになった。レイノルト様は私の心身の疲れを心配して、登城する必要はないと気を遣ってくれたが、ネイフィス様の最後を見届けようと向かうことにした。


 人生二度目となる帝国の王城は、いつも以上に重々しい雰囲気が漂い、冷たい空気がそこら中に流れていた。


 玉座のある部屋に踏み入れると、既にネイフィス公爵家と思われる方々が玉座の傍で待機していた。公爵、公爵夫人と思われる二人は酷くやつれており、子息も暗い顔をしていた。


 私達の存在に気が付くと、何か話そうとこちらに近付こうとした。しかしそれは、皇帝陛下と皇后陛下の登場で遮られた。簡単な挨拶を済ませると、ライオネル様が指示を出した。


「マティルダ・ネイフィスを連れてこい」


 その声を合図に、騎士二人がネイフィス様を連れて入って来た。彼女は私に気が付くと、これでもかと言わんばかりに鋭い眼差しで睨んだ。


(……反省はしていないのね)


 自分のしでかした事を後悔するのではなく、上手くいかなかったことに対する後悔と怒りがネイフィス様から感じられた。彼女はそのまま玉座の前まで歩かされた。


「マティルダ・ネイフィス。お前はここにいる大公妃となるレティシア・エルノーチェの殺害を試みた。この一件は王家としても重く受け止め、刑を下すことにする」

「……お、お待ちください陛下! 弁明の機会はいただけないのですか!!」


 弁明の余地なしと見たライオネル様は、今すぐにでも罪状を言い渡すようだった。それに焦ったネイフィス様が、慌てて口を挟む。


「陛下は発言の許可をしていない。控えなさい」

「お父様!」


 それにあきれていたのはネイフィス公爵も同じで、すかさず娘を制した。


「よい、公爵。……マティルダ・ネイフィス。弁明があるというのであれば聞こう」

「ありがとうございます。……今回の件、企てたのは私ではありませんわ」

(…………)


 弁明の言葉として出た言葉はあまりにも愚かなもので、聞く意味のないものだった。


「私はエルノーチェ様のことを良く思っておりませんでした。……実は大公殿下をお慕いしておりましたので、大公妃に他国から突然現れたご令嬢がなることが、許せなかったのです。……ですが、それだけなのです。確かに、エルノーチェ様に対する殺意はあったかもしれません。それでも命を奪うだなんてこと、決していたしませんわ」

「…………では。誰が計画を立てたと言うのだ」

「それは…………恐らく、侍女か懇意にしているご令嬢のどなたかかと。お恥ずかしながら。彼女たちの前で思いを何度か吐露してしまいましたので」


 堂々とした物言いだけは、もしかしたら事実かと思えるほどの雰囲気はあった。しかし、証拠が揃っている手前、この場にいる誰にも響かないというのが現状だった。


「だそうだ、レイノルト。マティルダ・ネイフィスの言葉は正しいか?」


 レイノルト様に話が振られると、ネイフィス様はすぐさまこちらに視線を向けた。


「そうですね。正しいかと」

「……!」


 レイノルト様の言葉に明らかな喜びを見せるネイフィス様。しかしそれはすぐさま消えることになる。


「半分は、ですが」

「た、大公殿下……?」

「マティルダ・ネイフィスがレティシアに対する殺意を吐露していたのは事実です。仕える侍女全員が口を揃えて証言いたしましたから。その上で彼女達は、殺害計画を企て実行したのも、同じくマティルダ・ネイフィス自身だということも証言しております」

「虚言ですわ!」


 自身に仕える侍女は何があっても自分に忠実だと思っていたのか、ネイフィス様は焦る様子で遮った。


「マティルダ・ネイフィス。そなたの弁明とやらは良く分かった」

「陛下!」

「願い通り弁明の時間は与えた。それもこれ以上は必要ない。何が言いたいのかよくわかったからな」

「陛下、私ではありません! 私はただ殺意を持っていただけなのです!」

「口を閉じろ。……公爵から言われなかったのか? 全ての証拠は揃っていると」

「!」

「言葉通り、全て揃っている。それでも尚、どのような弁明をするか興味があったから時間を与えたが、無駄な時間だったな」

「へ、陛下!!」


 ネイフィス様の焦りに焦る声が響く中、ライオネル様はどんどん冷めた眼差しを向けていく。と思えば、今度は私の方に視線を向けた。


「……マティルダ・ネイフィスの弁明をこれまでとしよう。さてレティシア嬢。その上で何か伝えたいことはあるか?」

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