第252話 思いがけない近況報告
無事お茶会を終えた二日後、私の元に一通の手紙が届いた。差出人はリリアンヌ。姉からの久し振りの手紙に嬉しくなりながら、早速封を開けて読み始めた。
「……えっ!!」
「どうなさいましたか、お嬢様」
「何かありましたか、お嬢様」
近くで仕事をしていたシュイナがすぐにこちらに振り向き、離れた場所にいたエリンは目にも止まらぬ速さで傍まで移動した。
「お嬢様……?」
「大丈夫ですか……?」
手紙を見て固まっていたが、二人の声ではっとする。ゆっくりとシュイナとエリンを見つめると、衝撃の内容を口にした。
「ベアトリスお姉様が……婚約する」
「まぁ。お嬢様のお姉様ということは、エルノーチェ公爵令嬢様ですね。おめでとうございます」
「おめでとうございます!!」
お祝い雰囲気の中申し訳ないが、リリアンヌお姉様の手紙は続きがあった。
「……婚約する、かも?」
「なるほど、確定ではないんですね」
「今は恋愛中って言うことですかね?」
「そうみたい……あ、ベアトリスお姉様はーー」
一人大袈裟に反応していたことに気が付くと、慌ててエルノーチェ家の事情を簡単に説明した。内容は、姉である長女ベアトリスには婚約者がおらず、彼女が結婚するのは予測不能なほど先の話について。エルノーチェ家の誰もがそう思っていたのだ。
(……リリアンヌお姉様でも相手はわからないみたい。けど、明らかに様子がふわふわしているって)
ふわふわしているベアトリスなど想像つかない。思わず、何それ見てみたい、という本音を心の中で漏らしてしまう。
「でもとても良いことですよね。お相手が見つかるというのは」
「えぇ……慕う人に出会えたのなら良かった」
シュイナの言葉に頷きながら、大切な姉の一人であるベアトリスの幸せを心から願った。
「お返事は慰労会から戻られてからにしますか?」
「そうするわ」
「ではご用意しておきます」
「ありがとう、シェイラ」
思いもよらなかった朗報を胸にしまうと、出掛ける準備を始めるのだった。
「そろそろ出発する時間ね」
「いってらっしゃいませお嬢様」
「いってきます、シュイナ」
そう告げながら部屋を後にすると、エリンと合流した。
「お嬢様、馬車に乗せていただき本当にありがとうございます」
「買い出しは商店街でしょう? 通り道だもの。乗っていって。帰りはこの馬車が一度大公城に戻る時に乗っていってね」
「そんな。申し訳ないです」
「いいのよ。元はと言えば私のための買い出しなんだから」
実はエリンは、きらしてしまった便箋を買いに商店街へと向かってくれるのだ。大公城からノースティン伯爵家に行くまでの、ちょうど中間地点に商店街があるため、乗ることを私から提案したのだった。
御者席の隣に座ろうとするエリンを慌てて止めて、馬車の中へと手を引いた。
「すみません、ありがとうございます」
「せっかく一緒に乗るんですもの。途中まででもお話ししながら行きましょう」
「お嬢様……やはりお嬢様は天使です」
「ふふ、ありがとう」
力強い眼差しで褒められたので、ありがたくその言葉を受け取った。日差しの眩しい時間帯だったので、馬車についていたカーテンを閉めてから、話を切り出した。
「エリンは今年で十六歳、よね?」
「……多分、そうです」
「多分……?」
疑問を返すと、どこか罰の悪そうな加尾をしながら、エリンは間を空けて返した。
「実は……私は養子なのです。その上孤児で。だから本当の年齢がわからないんです。あと誕生日も」
「そうだったの」
初めて知るエリンの生い立ちに衝撃を受けながらも、途切れることなく話を続けた。
「では本当に数えきれないほどの努力をしたのね」
「えっ」
「だってそうでしょう。初めて会った時から、粗はあっても作法の基本はできていたもの。行儀見習いとして、しっかりと男爵令嬢に見えたわ。そう見えたのは、エリンが己の立ち振舞いを磨いてきた証拠じゃない?」
「お嬢様……」
孤児、という言葉を発した時のエリンは、かなり暗い表情になっていた。すぐさま隠そうとしたが、気にしているのは明らかだった。
「……お嬢様は、私が孤児でも嫌ではないのですか?」
「エリンはエリンよ。嫌になる理由なんてどこにもないわ」
身分意識の強い帝国で育ったからこそ、切り出すのにはかなりの勇気が必要だっただろう。それでも、答えなくてもいい私の問いに侍女として、役目を果たすように答えたのだ。
その思いは評価されるべきものだと思った。
「だからエリン。これからも侍女として私を助けてちょうだいね」
「……はい! もちろんですお嬢様」
笑顔になったエリンを見て、私まで胸が温かくなった。微笑み返すと、和やかな雰囲気が生まれる。
そうこうしていると馬車が止まったので、商店街に到着したのかと思った。
「到着したみたいね。……エリン?」
馬車の扉に手を掛けようとした瞬間、エリンがその手を止めた。
「開けてはいけませんお嬢様。囲まれてます」
「!!」
その言葉で耳を澄ませると、商店街らしき賑やかな声は一切聞こえないのだった。
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