第253話 狙われた公爵令嬢



 その瞬間、緊張が走る。


 レイノルト様につけていただいた護衛がいるとはいえ、最悪の事態が頭を過ってしまった。


「…………」

「…………!」


 カンっ! と剣が交わる音が響いた。カーテンを閉めているせいで、外の様子はハッキリとは見えない。


(とにかく、エリンを守らないと……!)


 自然とエリンの前に体を出して、馬車の扉に自分が近付く。


「お嬢様」

「エリン、きっと大丈夫よ」


 大公家の騎士が二人もいるのだから、と言い聞かせながらも体は少し震えていた。それでも自分よりも幼いエリンを安心させるように、無理矢理微笑んだ。


 その思いは届くことなく、剣の音がより激しくなっていく。動く足音を聞く限りでは、騎士二人に対する数が多いように思った。


 そして、嫌な予想は当たる。


 ガチャリと馬車の扉が開かれたのだ。


「お嬢様!!」


 騎士二人が奮闘する中、裏をつかれたようだった。


「悪く思うな。これも依頼なんでね」

「ーー!」


 そう言うと、侵入してきた男は刃物を振り上げた。


 駄目だと思いながらも、反射的にエリンを庇おうとした。しかし、エリンはその腕をするっと抜けて前に出た。


「エリン!」


 バンッ!! 


「……え」


 何が起こったのか、理解するには少し時間がかかった。


 ただ、落ち着いて整理をするとようやく目の前の光景が言語化できた。


(エリンが……ガタイのいい男をぶっ飛ばした……?)


 信じられない光景に驚き固まっていると、エリンが優しい声色で話ながらこちらを見た。


「お嬢様、お怪我はありませんか?」

「エ、エリン。貴女こそ」

「はい。問題ありません」


 動じることなく、怯えることのない彼女の姿がとても勇ましく思えた。エリンは馬車の外に視線を向けると、小さく声を漏らした。


「残りは……ざっと十人程度ですか。すぐに片付けます。少しだけお待ちください」

「エ、エリン!!」


 シャッとカーテンを閉めた後、勢いよく馬車を飛び出て扉を閉めた。


(エリンは……何者なの?)


 困惑しながらも、慌ててカーテンを開けて様子を見た。しかし事が既に終わったのか、そこには立ち尽くすエリンと横たわる刺客達がいるだけだった。


「お嬢様、ご無事ですか?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 扉を開けて確認してきた騎士二人に、問題ない旨を伝えた。


「恐ろしい思いをさせてしまい、大変申し訳ありません」

「我々は騎士失格にごさまいます」

「そんなことはありません。おかげで無傷で済みましたから」


 そう感謝を伝えるものの、二人の表情から申し訳なさが消えることはなかった。そして、チラリと後ろを見る。


「エリン嬢、ありがとうございます。……我々は面目次第もありません」

「いえ。それは間違っております。彼らのほとんどが暗殺者ですから。騎士のお二方とは戦い方が違います。そして私の方が暗殺者相手では得意であっただけです」

(……暗殺者)


 帝国で私の命を狙おうとする人物は、恐らく一人しかいない。先日のお茶会で、やはり花を完全には摘み取ることができなかったのだ。


「それに、ここからはお二人にお願いしたいので」

「お任せください」

「誰一人殺していませんので、必ず依頼主とやらを突き止めてください」


 業務連絡のようなやり取りを、ただ無言で見ていた。


「お嬢様、ご無事でーーあっ」


 エリンはこちらに近付きながらも、寸前で足を止めた。彼女は自身についた血を気にしているようだった。


「申し訳ありません。今すぐ血をーー!」


 馬車から降りて、勢いよくエリンに抱きついた。


「お、お嬢様!? お召し物が汚れてしまいます!」

「そんなこと今は関係ないわ……!」


 ぎゅうっと抱き締める力を強めながら、エリンに届くように感謝を告げた。


「ありがとう、エリン……本当にありがとう」

「お嬢様……お役に立てたこと、何よりの幸せにございます」

「エリンに怪我はないのね?」

「はい。全て返り血です」


 嘘ではないか、体を一度離すとエリンの顔に触れながら、持っていたハンカチで血を拭いた。


「お、お嬢様……汚れてしまいます」

「エリンの綺麗な顔が汚れているでしょう! ハンカチは汚れを拭くものよ」

「……ありがとうございます」


 優しく微笑み合うと、先程までの緊張や恐れが嘘みたいに吹き飛んだ。それでも何故か、エリンは少しだけ震えているようにも見えた。


「……お嬢様は私が怖くないのですか?」

「何をいっているの。エリンは間違いなく、私にとってのヒーローよ」


 間を空けることなく食いぎみに答える。


「お嬢様……凄く嬉しいです。ですが、その称号は大公殿下に申し訳ないです」

「では救世主にしましょう」

「か、変わったのでしょうか……?」


 困惑するエリンの手の震えは消えていた。


「ふふっ」

「ふふふっ」


 自分達のやり取りがおかしくて、思わず笑い声をこぼすのだった。

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