第238話 交錯する思惑


 

 シルフォン嬢は静かに怒っていた。


(当然よね。ネイフィス様の私欲のために名誉を傷つけられたのだから)


 彼女の問いかけに悩む必要などなかった。


「もちろんです」

「……これでもシルフォン侯爵家の人間です。私を侮ったことを、必ずやその分以上にしてお返しいたしますわ」

(倍返し、ってところかしらね?)


 真剣な眼差しでシルフォン嬢を見つめるものの、内心では小さく笑みを浮かべていた。


「シルフォン嬢」

「はい、なんでしょうか」

「一週間後に私が主催する、お茶会の話はしましたよね」

「はい。ご招待いただき誠にありがとうございます。喜んで参加させていただきます」

「お受けいただきありがとうございます。……実は、このお茶会にネイフィス様も招待するつもりなんです」

「!!」


 あり得ない、口に出さずともその表情が思いを物語っていた。


「シルフォン嬢が何を仰いたいかはわかります。ですが私も、いつまでも毒になる花を咲かせておくわけにはいかないんです」

「なるほど」

「ですから……そろそろ、摘み取らないといけません」

「……」


 ネイフィス様がレイノルト様のことを長年慕っていて、自分以外が大公妃の座につくことを許さないことは把握済みだ。そのためなら、どんな手を使うことも。


 ルウェル嬢という枷をを手放し、新たな勢力を作られる前に、決着をつけるべきなのだ。


 この思いが伝わったのか、シルフォン嬢はにやりと微笑みながら考えを告げられた。


「エルノーチェ様。その摘み取り作業、私にもお手伝いさせていただけませんか? できれば、最前で関わらせていただけると幸いですわ」

「……もちろんです。やられた分はお返ししないと」

「えぇ、もちろんです!」


 復讐に燃えるシルフォン嬢は、悪意に染まっているのではなく、純粋に貴族としての矜持を守ろうと、強い気持ちを持っているように見えた。


「そこでエルノーチェ様。ご提案があるのですが」

「はい」

「開催まで一週間あるので、やってみたいことがあるのですがーー」


 そう言うと、シルフォン嬢はそっと近付いて耳元で彼女が考えた作戦を教えてくれた。


「上手くいくかはわからないのですが」

「面白そうですね。是非やってみましょう。上手く行けば刺さりますし、そうでなくても利点がありますから」

「よかった……! では早速、大公城から出る時から開始しますね」

「えぇ、よろしくお願いいたします」


 シルフォン嬢が提案した作戦は、彼女のネイフィス様に対する復讐にも繋がることだろう。


 そして、シルフォン嬢は言葉通り、作戦を実行していた。対して私は、来る一週間後のお茶会に備えて最終確認を進め始めるのだった。




◆◆◆



〈マティルダ視点〉


 

 ある日の夕方。


 いつも通り大公城を監視させていた影から報告を受けていた。


「へぇ? シルフォン嬢がエルノーチェ嬢に会いに行ったのね」


 公式の場では様付けするエルノーチェ嬢だが、目障りな彼女を屋敷の中でもそう呼ぶのは癪に触った。


「はい。ですが、あまり上手くいかなかったようです」

「というと?」


 帝国で評判の下がった侯爵令嬢がエルノーチェ嬢に会いに行こうが、正直興味はなかったが聞き返す。


「酷いことを言われたのか、思いどおりにならなかったのかはわかりませんが、シルフォン様は大公城から出てから馬車に乗るまでの間、ずっと暗い顔をなさっていました。そして、門を出る時には涙をながされていたようで」

「ふうん?」


 その瞬間、興味を持ち始めた。


「シルフォン嬢の乗る馬車が止まった時に、声が一瞬聞こえました」

「何と言っていたのかしら」

「どうして信じてくれないの、と」

「……なるほどねぇ。これは面白くなってきたかもしれないわ」


 報告を聞きながら頭を回転させると、良い案が思い浮かんだ。


「……シルフォン嬢に、教えてあげるのはいかがかしら。貴女の評判を下げたのはルウェル嬢だけど、実はエルノーチェ嬢も偏見で広めた、と」


 ルウェル嬢が退場してからは、シルフォン嬢に謝罪をする令嬢達も現れていた。そんな状況を私は望んでいない。


 シルフォン嬢には目立たれては困るのだ。少なくとも、フェリア・ルナイユの足枷になってもらわないといけない。


 社交界で最も発言力を持ち信用されているのはこの私。


 これはこれからもそうでないといけない。そのためには、上に立とうとする邪魔な存在排除しなくては。


「エルノーチェ嬢の視野の狭さを言及するのと同時に、これで逆上したシルフォン嬢が恨んで何か起こしてくれたら面白いわよね。……そう思わない、フラン嬢?」

「はい、ネイフィス様」

「貴女がエルノーチェ嬢に吹き込んでくれたおかげて、彼女、シルフォン嬢は噂通りと勘違いしてしまったみたいね」

「残念な方ですね。やはり大公妃にふさわしいのはネイフィス様かと」

「えぇ、その通りよ」


 レティシア・エルノーチェがシルフォン嬢の噂を知ったのは偶然ではない。


 フラン嬢にか弱いご令嬢を装わせ、シルフォン嬢の噂をエルノーチェ嬢の耳にまで届かせた。その時は、小さな毒がいつかエルノーチェ嬢に回ってくれることを考えていた。


(まさかこんなに上手くいくなんて)


 私のシナリオでは、噂を耳にしたエルノーチェ嬢がシルフォン嬢を避けてくれればよかった。それを証拠に、エルノーチェ嬢の印象を落とすつもりだったから。


 あくまでも微量な理由にしかならないだろうけど、こういう材料をこれから何個も作っていくつもりだった。最終的にレイノルト様の婚約者という分不相応な座から引きずり落とすために。


 結果、大きな素材になってくれたわけたが。


 上手く行ったことに喜びを隠せないまま、招待状を手にした。


「……お茶会ねぇ。面白くなると良いわね、エルノーチェ嬢?」



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