第237話 流された悪評の推測



 報告が終わったシルフォン嬢は、気になることがあると告げて話を始めた。


「ルウェル嬢に圧力をかけられて、噂を広めたり私を避けたりした、というような言い分の方が多かったわけですが……正直、私はそれに納得いってないんです」

(……シルフォン嬢が何を言いたいかわかる気がする)


 なぜなら自分も同じ意見を持っているから。それは聞く前から想像がついた。


「確かにルウェル嬢は侯爵家です。ですが、私も侯爵家の人間です。ここだけの対立だとしたら、あまりにも私の味方が少ないと感じてしまって」

「そうですね。シルフォン嬢は、私と出会う以前に火消しを試みたのなら、凄く違和感があります」


 それに、この前シエナ様にルウェル嬢について尋ねれば、私が帝国に来る前からそこまで評判の良いご令嬢では無かったのだとか。


 てっきりお茶会であれだけ人を集められていたのだから、人望があるのかと思っていれば、一つ失念していたことがあった。


 それは、招待客に公爵令嬢がいたということ。


 シエナ様曰く、ルウェル嬢だけの力ではなく、公爵令嬢方とお近づきになりたいという欲を持ったご令嬢の集まりであったことを示唆された。


 これを踏まえると、やはりシルフォン嬢の火消しができなかったのには理由がありそうだった。


「……私に関する噂の根源は、ずっとルウェル嬢だと思っていましたが、違う可能性の方が高いという結論に至りました」

「私もシルフォン嬢の考えに同意します」


 ルウェル嬢ではない、別の誰かによる圧。それは間違いなく、侯爵家よりも上の立場である、公爵家の者による仕業で間違いなかった。


 そしてそれは彼女ーーマティルダ・ネイフィス様だと、私は推測している。


「……エルノーチェ様は、どなたの仕業かお知りなのですか?」

「あくまでも……私の推測にすぎませんが」

「お聞かせ願ってもよろしいですか?」


 自分のことなのだから、シルフォン嬢が知りたいと思うのは当然のこと。ただ、彼女とネイフィス様の関係を知らない私は、少しだけ迷った。


「エルノーチェ様。私もない頭を捻って、ここまで考え抜きました。その時点で、大方どなたが根源だったのかは、予想がついております。……ただ、理由がわからなくて」


 覚悟はできているから、教えてほしい。シルフォン嬢は、そう言っているように聞こえた。


 真剣な眼差しに頷くと、私も意を決して話を始めた。


「私の推測では、ルウェル嬢の裏にマティルダ・ネイフィス様がいらっしゃると思っております」

「マティルダ様が……?」

「シルフォン嬢、ネイフィス様とは」

「そこまで関わりがなくて。反感を買うようなこともした記憶がないので、かなり不思議な感覚です」


 何となくそんな気はしていた。


 シルフォン嬢は、侯爵令嬢であるがゆえに、ご令嬢としての所作や常識等はきちんと備えた人物だと思っている。


 そして、シルフォン嬢は目立つようなことはなかなかしない存在のはずだ。優秀な私の侍女であるシェイラやエリン、そしてリトスさんの結果ですら、シルフォン嬢本人に関する情報は少なかったから。


 そんな彼女を、そもそもネイフィス様が好き嫌うという感情は持たないのでは、と考えた。


「私は今回の一件、ネイフィス様の勘違いから生まれたものだと思います」

「!」


 突然の発言に、シルフォン嬢は目を見開いて固まってしまった。


「お聞きしたいのですが、この噂が始まる前から、ルウェル嬢とシルフォン嬢の仲は良好でしたか?」

「…………いえ。実はずっと、目の敵にされていたんです」

「なるほど……すみませんがもう一つ。ルナイユ様との仲はいかがだったでしょうか?」

「……何度かお話をしていました。とても優しい方で、よくお茶の話をされていて。親しいというのはおこがましい話ですが、挨拶は必ずする関係でした。噂が広まってからは、迷惑はかけられまいと距離を置きましたが……」

(あぁ、やっぱりそういうことよね)


 もしかしたら、という仮定の考えは、シルフォン嬢から得た言葉によって、確実性を一気に上げた。


「実は先日、ルナイユ様とお話しする機会がありました。……私ではわからないネイフィス様の心情や考えをお聞きしたんです」


 ネイフィス様は、公爵令嬢としての確固たる矜持を持っている。それゆえに、ルナイユ様に対抗意識を持って、自分こそが一番上に立つべき存在なのだと思っているように見えた。


 そんな彼女は、有力な取り巻きが欲しかったのではないか。


 そこで目を付けたのがルウェル嬢、というよりかは、ルナイユ様と親しくするシルフォン嬢が目に入ったのだと思う。


 ルナイユ様に上に立たれるわけにはいかないと思ったネイフィス様は、まずはシルフォン嬢をどうにかしようと目論み、そこでルウェル嬢を利用したのではないか。


 ただ、シルフォン嬢はルナイユ様の取り巻きではなく、純粋に話をするくらいの仲だった。そこをネイフィス様が捉え違ったのだ。


 ……というのが、私が各所から得た情報をまとめた上での考えだった。


「……つまり私は、ネイフィス様の欲に振り回されたというわけですね?」

「あくまでも私の推測ですがーー」

「ふふ、ふふふふふ」


 確実ではないことを言う前に、シルフォン嬢は笑い声をあげた。


「エルノーチェ様」

「は、はい」


 シルフォン嬢はにっこりと微笑まれた。


「これはさすがに、私は怒っても良いですよね?」


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