第236話 侯爵令嬢の報告
ルナイユ様とシエナ様を見送ると、翌日には別件で違うお客様が大公城を訪れていた。
「シルフォン嬢、お疲れ様です」
「エルノーチェ様……!」
彼女の明るい笑顔を見る限りでは、悪い結果ではなさそうだった。
「どうやら、無事にパーティーを乗り切られたようですね」
「はい」
物凄い勢いで首を縦に振ったシルフォン嬢は、そのまま感謝を口にした。
「エルノーチェ様、本当にありがとうございます……!!」
「私は何もしていませんよ。全てはシルフォン嬢ご自身のお力です」
「そうではないのです。本当に嘘偽りなく、エルノーチェ様のおかげなんです」
「え?」
どうやらシルフォン嬢が言いたいことと、私が言いたいことが嚙み合っていないことがわかった。一体どういうことなのか、キョトンとしながらシルフォン嬢を見つめれば、彼女は満面の笑みを浮かべながら、パーティーで何が起こったか説明してくれた。
「私は今まで通り、ご令嬢方に敬遠されると思っていたんです。なので、エルノーチェ様の教えを基に、どう立ち回るかばかり考えていました」
(シュミレーションしておくのって凄く大切よね)
相槌を打ちながらシルフォン嬢の言葉に耳を傾ける。
「ですが、違ったんです」
「違った?」
「はい。会場に踏み入れた瞬間から、多くのご令嬢方から謝罪を受けまして」
「謝罪を、ですか」
シルフォン嬢の話によれば、ご令嬢方は噂を鵜呑みにしてしまったことや、それで避けてしまったことなどを理由に謝られたそうだ。
「正直拍子抜けしてしまいました。どうやって広がった噂とは違う振る舞いをしようかと、そればかりを考えておりましたので。ですが、謝罪をされるなんて思いもしませんでした」
「突然考えが変わった理由を、ご令嬢方は仰っていましたか?」
「はい。私が聞くよりも先に、しっかりと教えてくれました。恐らく、私が固まってしまったから察されたのでしょう」
まぁでも、今まで避けていた人達にいきなり手のひら返しをされれば、誰だって驚き固まるだろう。シルフォン嬢の目が丸くなる姿が容易に想像できた。
「ご令嬢方が仰っていたんです。私の噂はルウェル嬢から聞いたと。爵位が高い方から聞いたということもありましたし、周囲に流されながら自分達も加担してしまったと」
「ルウェル嬢、ですか」
おおかた予想通り、と言ったところだろうか。
そもそもシルフォン嬢が蔑ろにされていたパーティーの主催は、ルウェル嬢だったのだから。
(あの時から、主犯でなくとも加担はしているとは思っていたもの)
「その噂の根源であるルウェル嬢ですが、先日エルノーチェ様によって敗北されたじゃないですか」
(っ……。危ない。敗北という言葉がおかしくて笑いそうになっちゃった)
なかなかのセンスだなと思いながら、緩んだ表情を急ぎ戻した。
「それもあって、ルウェル嬢への信用度が、無いに等しいところまで下がったみたいなのです。だからご令嬢方は、噂がエルノーチェ様の時のように、ルウェル嬢の虚偽だと判断されて、謝罪に至ったそうです」
「なるほど……」
あの一件が、まさかシルフォン嬢の助けになるとは思わなかった。しかし、まだ解決したかどうかはわからない。そう思いながら、シルフォン嬢の気持ちを尋ねた。
「シルフォン嬢は、彼女達を許されたのですか?」
「……正直迷いました。ですが、許さないという選択はおかしいのかなと思いまして。私が許さない感情を持っていいのはあくまでもルウェル嬢であって、彼女達ではない気がするのです。ですので、ほとんどのご令嬢にはこれからもよろしくお願いします、と告げました」
「そうですか」
(……シルフォン嬢は優しすぎるのかもしれない)
私のように、火消しをしなかったから鵜呑みにされたとは違い、彼女は訂正したのに信じてもらえなかった、なのだ。この状況なら、シルフォン嬢はもっと怒っても良いのでは、と感じてしまった。
「ですが私も人間ですので。明らかにルウェル嬢側だったご令嬢や、明確に悪意を持っていた方には別の対応を取りましたわ」
「……というと?」
「許す、許さないもありません。私達は元々何の関係もないでありませんか。ですので、お気になさらないでください。これからご自由にどうぞ。……と伝えておきましたわ」
「ふふっ……素晴らしいお言葉です」
(優しすぎる、という言葉は撤回しておこう)
要するに、“貴女達とは付き合う気がない、今更すり寄るな”と伝えたのだ。シルフォン嬢の静かな怒りが、無礼な令嬢達に届いたことだろう。
「ありがとうございます。……本当に、全てはエルノーチェ様がルウェル嬢をこてんぱんにしてくださったおかげです」
「それもありますが、まずは第一に、シルフォン嬢が諦めずに社交界と向き合ったことが理由だと思いますよ」
「エルノーチェ様……」
事実そうだ。彼女には逃げ続けるという選択があったにもかかわらず、戦う道を選んだのだから。
「……この御恩、絶対に忘れません。私にできることがあれば、なんでもお申し付けください」
「ありがとうございます。ありがたく、ご厚意をいただきますね」
「はい!」
第一難関どころか、目標のほとんどを達成したシルフォン嬢は、出会った時とは別人と言えるほど朗らかな笑みを浮かべるのだった。
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