第235話 諦められなかった初恋(リトス視点)
フェリア・ルナイユ様。
俺が密かに想いを寄せ続けているご令嬢。ただ、身分的にも、立場的にも、手の届かないと思っていたから、その想いにはひっそりと蓋をした。
……そのつもりだった。だけど、やはり会ってしまうと、想いというものは溢れてしまうようで。
(……まさか会えただけじゃなく、会話もできるなんて)
書斎の前から応接室まで。
その距離は決して長いものではなかった。それでも、俺にとっては充分心が満たされるものだったのだ。
そこで終わると思ってた。だが、約束まで交わしてしまったら、期待を抱いてしまったのだ。
ふわふわとした気持ちになっていれば、レイノルトに自分の想いがバレてしまった。恥ずかしくて死にそうだったが、あいつにしては珍しく応援してくれた。
それが嬉しいのもあり、諦められる想いでもなかったので、俺はルナイユ嬢への恋路を歩むことにしたのだった。
仕事を始めるには少し時間に余裕があったので、俺達は向かい合って座った。
「それにしても、ルナイユ嬢か」
「な、なんだ。文句あるのか」
「いや、いつだったかリトスの口から聞いた気がして」
「……や、やめろレイノルト。無理に思い出さなくていい」
レイノルトが言いたいことが何かわかった俺は、思考することを中断させようとした。
「……あぁ、あれか。お前が昔言ってた黒歴ーー」
「あぁぁぁあ!!」
ガタンと物音を大きく立てて、レイノルトの言葉を書き消すように声を上げて立ち上がった。
「……当たりか」
「止めてくれ……過去の傷口に塩を塗らないでくれ」
「……でも出会いだろ?」
「最悪な、な……」
俺にとっての黒歴史。
それは、ルナイユ嬢との出会いのこと。
当時若かった俺は、泣いている少女の慰め方なんてわからなくて、ただ思っていたことを口から出しただけなのだ。……ちょっとだけカッコつけて。
どうせもう一度会うことはない、そう楽観的に思いながら、彼女は別れ際に言ったのだ。
「いっぱい休んだら……貴方のような素敵な人になれるように、頑張ってみます!」
その笑顔と言葉に、俺は心を奪われたのだ。
その後、レイノルトに彼女に出会ったことをドキドキしながら報告していた。良い思い出になった。とは終わらず、俺は自分が痛いことを言ってしまったのではないかという後悔にさいなまれたのだ。
そして彼女と再会した今、閉じ込めておいた後悔が戻ってきてしまったのだった。
「うぅ……あの日に戻りたい」
「何度も言うが、気にしすぎだと思うんだが。それに、幼い頃の記憶なら覚えている可能性の方が低いだろ」
「……そう、だよな。そうだよな!」
「あぁ」
(何でだろう。今日はレイノルトが優しいぞ!)
少しずつ気持ちに明るさが戻っていった。
「……いつも優しいだろ?」
「まさか。それは姫君にだけだろ」
「否定はしないな」
「くっ。今日だけは優しくしてくれよ」
「……今日だけな」
ふっと微笑む姿は、長年の付き合いから嘘ではないことがすぐにわかった。
「せっかくなら聞かせてくれよ。ルナイユ嬢に関して」
「……よく聞いてくれた、レイノルト」
「……」
レイノルトが珍しく優しかったからか、俺の想いが溢れてしまったからか、理由はわからないが、その一言を皮切りに、俺は止まることなく言葉を発し続けた。
「ルナイユ様……フェリア様は、とにかく天使なんだ」
「そうか」
「彼女は出会った時から天使だったが、今はもう女神のごとく輝いている。それくらい美しいんだ」
「それはなによりだ」
レイノルトの声色が無機質なものになっていてもお構いなしに、熱意ある言葉で語り続けた。
「そして今日、俺はもう一度心を貫かれてしまった」
「……何かあったのか?」
「俺の作った茶葉を褒めてくれた。……前回の茶葉を」
「あぁ、リトスがいつも以上に試行錯誤して、時間をかけて作った一作だったよな」
「そうなんだよっ」
その苦労が、フェリア様の一言で報われた。舞い上がってしまうほど、胸が高鳴っていた。その高鳴りは今も続いている。
「……なるほど、ルナイユ嬢は茶葉に興味があるんだな」
「そうだとしか思えないよな、あの茶葉を好んで飲むなんて!」
フェリア様は褒めてくれたが、実際あの茶葉は不評なものだった。渋い路線は大衆の口に合わなかったようで、美味しいという言葉を聞くことはあまりなかった。
それもあって、新作を考えることが少し億劫になってしまった。幸いにも、姫君という救世主に助けてもらって、評判を建て直すことができたが、俺の心の傷は癒えていなかった。
それもあってか、フェリア様の言葉は最上級の救いの言葉だった。
「可愛いだけじゃなくて、本当に天使なんだ……やばい、会いたくなってきた」
「会うんだろ。相手の負担にならない日を選べよ。休暇扱いで良いから」
普段俺に対する扱いが雑なレイノルトからは、信じられない言葉だった。
「レイノルト……休んで良いのか?」
「繁忙期じゃないからな」
「レイノルトっ! 持つべきは親友だな!!」
「そうだな。応援してるよ」
相変わらず冷たい声色ではあったものの、添えられた笑みは、間違いなく本心からのものだった。
そしてこの後、レイノルトの計らいで、仕事ではなく、レイノルトに助けてもらいながら計画を立てて、フェリア様とお会いする日に備えるのだった。
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