第234話 春を覗いて(レイノルト視点)




 書斎に戻る際にみつけたレティシア達が、何やら面白いことをしていたので近付いて話を覗いてみれば、あるご令嬢の恋愛の応援をしているとのことだった。


 面白半分、可愛いレティシア見たさ半分で着いていけば、ご令嬢の恋の相手がリトスだというところまではわかった。


 取り敢えず今日の尾行は終わったようだったので、レティシアに別れを告げて仕事をしに書斎へと戻るのだった。


「レイノルト。どこ行ってたんだ? 書斎にいないから驚いたぞ」

「……少しな」


 お前の尾行をしていた。


 そう直球に言おうとも思ったが、一旦やめておいた。。


「まぁ、いいんだが……」

「リトス」

「なんだ?」


 ソファーに座ろうとするリトスを引き留め、これでもないかというくらい、綺麗な笑みを浮かべて、彼に心の底から感じている言葉を贈った。


「頑張れよ」

「……何の話だ?」


 だがそれは、リトスにとっては突然過ぎる言葉だったので、戸惑いを全面的に出していた。


「俺はお前を応援している、という意味だよ」

「いやそれはわかるけど」

「強いて言うなら……そうだな。良いものを見せてもらった、とだけ」


 少しだけ詳しく言えば、リトスは固まった。


(良いもの……良いものってなんだ? ……ま、まさか!)


 必死に頭を回転させるリトスは、すぐに答えにたどり着いたようだった。


「ま、待ってくれ! 見たのか!?」

「何をだ?」

「だ、だからっ。その、やり取りを見たのかと」


 今度は俺が問い返す番だった。


「曖昧でわからないが、俺が見て喜んでいるのはレティシアの可愛らしい反応と表情の話なんだが」

「そ、そうか! 姫君か! それはよかったな」

(びっくりした。さっきの場面を見られていたのかと思ったぞ)


 焦りの汗が出ては収まったリトスは、会話を余計な方向に持っていかせないようにか、レティシアのことについてわざわざ尋ねてきた。


「なんだ、姫君が何かしてたのか?」

「あぁ。ある男女の会話を盗み見ているレティシアを見てたんだ」

「……それって」


 にっこりとしながら真実だけ言えば、リトスは再び固まった。


「お前、結局見たんじゃないか!」

「あぁ、そうなるな」

「くっ……俺の期待を返してくれっ」

「見てないとは言ってないだろ」

「レイノルト、お前性格悪いぞ」

「安心しろ、リトスにだけだ」

「安心できるか!」

(俺にも優しくしろ!)

(それはできない注文だな)


 先程ご令嬢と会話を交わしていた場面を、俺に見られていたことを理解したリトスは、どこか悔しそうに、恥ずかしそうにしていた。


 突っ込んだかと思えば、次の瞬間リトスは、はっと我に返った。そして何かを確認し始めた。


「ま、待て……まさか、あの時の俺の心を読んだっていう話ではないよな?」

「視界に映ったから、聞こえてきたが……それがどうかしたのか?」

「つ、つまりそれは」

「ん? あぁ、だから言っただろ。応援するって」

「!!」


 その瞬間、リトスは目をまんまるにして、かつてないほど驚いた表情になっていた。


(まぁ、確かに。あの内容は覗かれたくはなかっただろうな)


 リトスの心の声を思い出すと、ボソリと呟いた。


「どうしよう、フェリア様が可愛すぎる。だったか」

「や、やめろ! レイノルト!!」


 途端、リトスは赤面してしまった。

 

「おまっ、それっ……くっ、厄介だな本当に!」

「今さらだろ」

「だとしてもだ!!」

「悪いな。聞きたくなくても聞こえたものだから」

「言い方! 言い方があるだろ!」


 ふーっふーっと、逆撫でされた猫のように、威嚇した目をこちらに向けてきた。


 リトスの心の声からわかった事実ーーそれは、リトスがルナイユ公爵令嬢に好意があるということだった。


「……もしかして、そういうことか?」

「な、なんだ急に。俺の心の朗読はもういいからな! 次やったら絶交するぞ!」

「さすがにしないさ。うっかり聞いてしまったとは言え、悪かったと思ってる」


 申し訳なさそうな表情で伝えれば、リトスもあっと察したような声で答えた。


「……いや、お前だってこんな声聞きたくはなかったよな」

「まぁな」

「お前な、そこはそんなことないって気遣うところだろ!」

「あぁ、すまない」

「くっ、くそ。駄目だ、レイノルトのペースに呑まれては」


 パンッと頬を叩くと、リトスは話を元に戻した。


「それで? なんだよもしかしてって」

「リトスが完全に爵位を捨てなかった理由だよ」

「……だったら悪いのか」


 リトスがあれだけ嫌っていたオーレイ侯爵家から籍を抜かなかった理由が、個人的にずっと気になっていた。


 ただ、今回明らかになった事実で真相に気が付いた。


 それは、フェリア・ルナイユ嬢という貴族のご令嬢に想いを寄せているため、彼女の隣にという期待を抱くには、身分的な問題を作りたくなかった、という仮定だった。


 どうやらそれは当たったらしい。 


 そして、本人は必要以上に気にしているようなので、すかさずフォローをいれる。


「まさか。言っただろ、応援するって」

「ーーっ。けど、脈なしだよ」

「なんでそう思うんだ?」

「……彼女が興味あるのは、俺じゃなくてレイノルトだからな」

「……だからなんでそう思うんだ」

「彼女、お前に婚約を申し込んだだろ。それが答えだよ」

「……なるほどな」


 ここですれ違いが起きているのか、と納得する。


 心が読める自分からすれば、二人が両想いなのは明白なのだが、それを伝えてしまうのは、反則な気がした。そう考えると、この事実は俺一人に留めることにした。


「リトス、それで? お前は諦めるのか」

「……嫌だ」

「それなら頑張れ。今度は俺が応援する番だからな」

「レイノルト…………」


 それに、諦めたくないから爵位を捨てなかった気がした。だから俺は背中を押す。


「そうだな。それじゃあ早速、お前の知恵を貸してくれ。今度会う約束をしたから、それについて計画を立てる!」

「わかった。付き合うよ」

「よしっ!」


 前向きで、諦めず、突き進むのがリトスの長所だ。


 それがあれば、きっとルナイユ嬢の気持ちにも気が付くだろう。


(リトス、お前にも春が来たみたいだな)


 ふっと微笑むと、リトスの恋路の手助けを始めるのだった。

  

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