第233話 奮闘する令嬢と偵察者達
忍びながらも急いで移動をしている間、私は心の中でレイノルト様に驚かせたことへの抗議を少しだけしていた。
(びっくりしましたよ。心臓に悪いです)
それが本気でやめて欲しい、という意味ではなく、反応の一つだという意図がしっかりと伝わったので、レイノルト様は爽やかな笑みを浮かべながら小さく会釈をした。
シエナ様の手前、私の声にあからさまに答えることはできないので、私にだけ見える範囲で表情を変化させていた。
レイノルト様の憎めない笑顔を見ると、まったくもう、と思いながら移動に集中した。
(よし、追い付いた!)
気が付けば二人の声が聞こえる距離に戻っていた。
「ルナイユ家にはいつもご贔屓にしていただいて、ありがとうございます」
「いつもお世話になっております」
「ルナイユ様ご自身は緑茶は飲まれますか?」
「もちろんです。毎回新作を楽しみにしていまして」
「それはよかった。新作はいかがでしょう?」
(新作は私も携わった茶葉だ……!)
別の意味で緊張すると、ルナイユ様の声に集中する。
「とても美味しかったです」
「本当ですか」
(良かった!)
思わずレイノルト様に喜びの笑顔を向ければ、彼もふわりと微笑み返してくれた。
「ですが、私は個人的には前回の茶葉が好みです」
「!」
「厳選された渋味、といいましょうか。今まで緑茶の茶葉で渋いに特化されたものはなかったので……凄く美味しかったです」
「あ……ありがとうございます……!」
やはりリトスさんは商人だからか、自身が手掛ける
「……応接室はここですね」
「こちらですか! ありがとうございます」
「いえ……」
いよいよ目的地である応接室に到着してしまった。当然ルナイユ様からすれば、リトスさんと別れるのは名残惜しいはずだが、二人の雰囲気から、その思いは一方的ではないように見えた。
ギリギリ視界に映ったルナイユ様は、ぎゅっと手に力を入れると、何か意を決したような眼差しでリトスさんを見つめた。
「……あの、商会長様」
「はい、ルナイユ様」
「も、もしよろしければ……また、お話しする機会をいただけませんか?」
(さ、誘った!!)
勇気を出したルナイユ様に、是非とも拍手を送りたかった。緊張の沈黙が流れる、かと思いきや、リトスさんは朗らかな笑顔で即答した。
「もちろんですよ! 是非ともお話しさせてください。では都合がつき次第、ルナイユ様宛にご連絡させていただきますね」
「あ……は、はい!」
(やったー!!)
拍手をしたい衝動をなんとか抑えて、じっと見守った。最後に二人は挨拶を交わすと、リトスさんは書斎の方へ去っていった。
「なるほど……」
「?」
「レティシア、では私もこれで」
「はい、お仕事頑張ってください」
レイノルト様の呟きが何かはわからなかったが、役目を果たしたというような表情で微笑み合うと、私達も解散するのだった。
「すみません、シエナ様。お一人にしてしまって」
「いえ、眼福でしたので……むしろ感謝を伝えたいですわ」
「が、眼福……」
「はい」
(よくわからないけど、シエナ様も無事見守れてたみたいだから、問題ないのかな)
笑顔で頷くと、私達はすぐにルナイユ様と合流した。そしてそのまま応接室へと入る。
先程と同じ配置で座ると、ルナイユ様がとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「私……これでもう未練はありませんわ」
「何を仰るんですかフェリア様。また話すと約束されたんでしょう」
「き、聞こえてたんですか」
「それはもちろん。レティシア様とこっそり拝聴してましたからね」
「は、恥ずかしい……」
幸せそうなほんのりとした赤みの顔から、今度は恥ずかしさのしっかりとした赤さに変わっていった。
「ルナイユ様、とても素敵な勇気でした」
「ありがとうございます、エルノーチェ様……」
ほんわかとした空気が流れると、それを切り替えるようにシエナ様がパンッと手を叩いた。
「今回は無事成功したというわけで、フェリア様」
「は、はい」
「来る次回のお話し会という名のデートに備えて、また新しく作戦を立てますよ」
「デ、デート!? まだそのような仲じゃ」
「男女が二人で会う……なるほど。確かにデートですね」
「エルノーチェ様まで!」
まだ分不相応だと言いながら、ルナイユ様はデートを否定されていたが、冷静に考えるとやはりデートだと思ってしまった。
「そこまでデートと言うなら…………いつになるかわからないのですが、お二方さえよければ、当日までに私の家に来ていただけませんか?」
「「……」」
「その、当日の服装とかご相談できたらなって」
「「!!」」
(か、可愛い……!)
もじもじとしながら告げるルナイユ様の姿が、とても恋する女の子らしくて可愛かった。
「もちろんです。いつでもお呼びください」
「最高の服装を選びましょう、フェリア様」
「ありがとうございます……!」
ルナイユ様の恋路は、まだまだ始まったばかりなのであった。
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