第231話 片想いの始まり(フェリア視点)
フェリア・ルナイユ視点となります。
▽▼▽▼
これは私が公爵令嬢であることに負担を感じて、嫌になって屋敷をこっそりと抜け出した幼き日の話。
「……どうして私は、お兄様のようにできないのかしら」
長子として、次期当主に必要な素質は全て備えていたお兄様。勉学が非常に優秀でありながら、彼は音楽も長けていた。
そんな兄を尊敬していた。
けれども、尊敬だけで終われないのが貴族で、兄妹なのかもしれない。
教師はことあるごとに私と兄を比較して、私に“できていない子”という評価を下した。
当然だ。あの兄よりも優秀になんてなれない。優れた能力なんて持ってない。そんなことは自分が一番わかってる。
家族から秀でることを要求されているわけではなかったけど、当時の私は自己嫌悪に陥るほど気にしてしまっていた。
そんなある日、本当に学ぶことが嫌になって屋敷を抜け出した。これは衝動的なものだったと思う。
ルナイユ公爵家のお屋敷の外へ、一人で踏み出したのは初めてのことだった。
「凄い……街だわ!」
わくわくとした気持ちはあっという間に消え去って、自分が迷子になってしまったことに気が付いた。
(どうしよう……お屋敷への帰り方がわからない)
帰り方がわからない。
でも帰らなくても誰も心配しないんじゃないのか。優秀じゃない自分を必要としている人なんていないんじゃ。そう思い始めると、涙がこぼれ落ちていった。
(……きっと、誰も見つけに来てくれないわ。私は優秀じゃないから)
公爵家に生まれた人間なのに。兄は優秀なのに。そんな負の感情が積もるだけ積もっていった。
遂には歩く気力もなくして、道の端に座り込んでしまった。
「もう……努力なんてしたくない」
(どうせ、したって私には意味がないもの)
ぎゅっと体に力を入れながら丸まっていれば、一人の少年がハンカチを渡してくれたのだ。
「お一人ですか?」
「え……」
その少年は、太陽のように輝く笑顔で、隣に座りながら、そっとハンカチを差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「どうぞ、使ってください」
状況をすぐに理解できたわけではなかったが、反射的に慌てて涙を拭った。
「努力するのは疲れますよねぇ……」
「えっ」
「すみません、聞こえてしまって」
「い、いえ」
そう手に顎を乗せながら、ふうっとため息をつく姿は、本心からの言葉を思わせた。
その雰囲気が自然と私の本音を引き出していた。
「……何度やっても上手くいかなくて」
「わかります。繰り返しやればできる、って言葉が嘘だと思いたくなりますよね」
「そ、そうなんですっ。どれだけ量をこなしても、結局無理で」
「それなのに努力が足りないと言われてねぇ」
「!」
少年の声色は、やれやれといったような諦めたような、けれどどこか達観したようなものだった。
「言われますか? 努力が足りないって」
「言われることも……あります」
教師の中には、比較するだけではとどまらず、私の努力を否定する人もいた。それを知っているかのように彼は笑った。
「嫌になっちゃいますよね。こっちは努力してるっていうのに」
「……はい。でも、できないのは確かで」
教師の言いたいことはわかる。だから完全には否定できない、そんな風に考えていた。彼の言葉を聞くまでは。
「だから俺は思うんですよ。努力っていうのは、人によって芽吹き花咲く時期は違うんだから、勝手な物差しで評価しないでくれって」
「…………違う?」
「違いますよ! 俺には嫌気がさすほど優秀すぎる友人がいるんですけどね、あいつはなんでもすぐできるんです。本当に」
「凄いご友人ですね」
(まるで、お兄様みたい……)
少しだけしょんぼりと気持ちが落ち込むものの、すぐさま引き上がることになる。
「でも、あいつにできて俺にできないことはありません」
「えっ」
「努力すれば、必ずいつかはあいつと同じことができるようになります。現になってます」
彼からでてきた言葉は、決して悲観的なものではなく、前向きな、勇気が出るような言葉だった。
「努力って普通に辛いものだと思います。けど、お嬢さんは今まで続けてこられたなら、それだけで才能ですよ」
「さ、才能?」
「えぇ、とびきり優秀な才能です。まだ芽が出てないだけで、もう少し続けてみれば必ず結果は出ます。俺が前例です」
彼はにっと笑いながら続けた。
「だからそんな落ち込まないでください。苦しい時間は確かにありますが、必ず意味のある結果になると思います。俺はそう信じてます」
「意味のある結果に……」
「もちろん、やって駄目なら諦めるのは大切ですし、休息も重要ですよ。俺が思うに、お嬢さんは少し休憩した方が良いと思いますね」
休憩。そんなこと、かんがえたことはなかった。でも、彼から聞いたその言葉はすとんと胸に落ちていった。
「大丈夫。休んだくらいじゃ、してきた努力は消えませんから」
「そう、なのですか?」
「そうですよ。だから安心して休んで、またしたくなったら努力して、長い目で芽が出るのを待ってみるといんじゃないですかね」
そう快活に笑う彼の言葉には、不思議なほど強い威力の説得力があった。
「……してみます、休憩」
「そうしましょう」
この日、彼からもらった言葉は私の生涯の宝物になっていた。
リトス・オーレイ。
その名前を知ってから、今までずっと、私は彼のことが忘れられずにいる。
だから、今日こそは、勇気を出して話をしに行くのだ。
(きっと貴方は、あの日気まぐれに慰めた子どものことなど覚えてないと思います。……だけど、どうか私に、一度だけ機会をください)
リトス様を想いながら、歩む足に力を込めた。
(だって、恋愛にも努力はあるといいますもの)
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