第229話 情報と心理戦




 ルナイユ様の恋路を助けると決めた私は、言葉通りリトスさんに関する情報集めを開始していた。


 翌日の昼食にて、私は書斎でレイノルト様から話を聞いていた。


「つまり、まだリトスさんはオーレイ侯爵家の一員ではあるんですね」

「はい。リトスの兄であるリオン・オーレイは、侯爵の座を退くよう王命が出ました。ですが、侯爵家をとり潰すか、分家から後継者を立てるかまでは、まだ話がまとまっていないようです」


 自分の侍女が助かったとはいえ、関係はあった出来事なので、結末を知ることは変な話ではなかった。そのため、レイノルト様も快く教えてくれた。


「ただリトス本人は、自身を商会会長だとしか思ってはいないので。……あまり、オーレイ侯爵家には良い思い出もないみたいですから、恐らく今のところは侯爵家と関わることはないかと」

「そうなのですね……」


 確かにリトスさんは、仕事一筋な印象で、貴族として生きることに執着は無さそうだった。


「ということは……やはり近いうちに、オーレイ侯爵家との縁を完全になくすのでしょうか」

「……私はそう思っていたのですが」

「?」


 レイノルト様は少し濁すように目線をはずした。


「リトスはオーレイ侯爵家に、何も未練がないと思っていたのですが……どうやら違う可能性もあるかもしれません」

「というと……?」


 私の疑問に、レイノルト様は珍しく自信のない笑みを浮かべて「確証はありませんが」と告げてから意見を述べた。


「オーレイ侯爵家にも貴族にも何も未練がなく、本当に鬱陶しく思っているのなら、リトスの性格上、悩む暇もなく縁切りを決断するはずです。ですがそうしなかった。……もしかしたら、何か彼なりに思うことがあるのではと、友人として考えてます」


 その言葉を受けとると、今度は私がふむと考え込む番だった。


(それなら、まだ機会はあるのかもしれないわ……というよりも、今以外ないのでは)


 ルナイユ様の家柄の懸念や、リトスさんの負担などと、様々なものを考えれば、リトスさんが貴族であるうちに好意は伝えておくべきかもしれない……そんな考えを巡らせていた。

 


 一人で考え込む時間は、当然沈黙になっていたのだが、レイノルト様は静かに見守っていた、と思っていたのだが、寂しげな声がいきなり部屋に響いた。


「……レティシアが、そこまでリトスに興味があるとは思いませんでした」

「え」


 目をパチパチと二回動かすほど、レイノルト様の発言は私にとって唐突なものだった。


 しかし、よく考えてみれば何も知らないレイノルト様からすれば、私の行動の方が突発的すぎて驚いたことだろう。そう思うと、私は誤解を生まないように素早く彼の手を取った。


「私が一番興味があるのはレイノルト様です」

「……本当に?」

「もちろんです」


 しかし、少し見せた悲しげな表情は、この程度の言葉では崩すことができない。


「ですが……リトスはさん呼びなのに、私は様なので」

「そ、それは……」

「レイ、とは呼んでくたさらないのですか?」

「うっ」

(愛称呼びは早い気が……ま、まだ婚約者ですよ、私達!)


 レイノルト様に見つめられるものの、恥ずかしい気持ちを盾にしてなんとか抵抗を図った。


「まだ、ではなく……もう、では?」


 私から取ったはずの手は、いつの間にか取られる形に変わっており、そこにはの心を揺さぶるという、確かな意図を感じた。


「で、ですが……やはり私にはまだ早いかと」

「既に呼び合った仲ですよ?」

「セシティスタ王国での城下街デートのことなら、例外では……!」


 あれは貴族だと周りに知られないように、わざと呼び合ったのだから。


「そうですか……」

(うっ……)


 悲しげな表情に加えて、しょんぼりとした様子まで見えてしまった。その姿が、どうしても私の罪悪感を増長させていく。


「ふ」

「ふ?」

「二人だけの時なら……レイと呼びますね」

(さすがに常には無理……)


 そう妥協の意味を込めて言えば、レイノルト様は嬉しそうに、けど妖しく微笑んだ。


「約束、ですね」

「はい……えっ」

(な、なんですかその笑顔)


 まるで、そう言わせるために誘導し、それが成功したような笑み。


(……これはもしや、はめられた?)

「はめるだなんて。そんな酷いことをレティシアには絶対にしませんよ」

「い、今されましたよね?」

「……さぁ、どうでしょうか」

「!!」


 どうやら私はレイノルト様の手のひらの上で遊ばされたようだ。


「……これからもよろしくお願いしますね、レイノルト様」

「今は二人ですよ」

「関係ありません。やはり婚約中はまだ早いです」

「約束の言質がありますが……どうしましょうか?」

「うっ……」

(と、取り消しにしてくださいっ)


 目線でそう訴えるものの、綺麗な笑顔が許してくれない。


 私達はしばらくの間、お互いの意思を曲げずに見つめ合った。しかし、レイノルト様は満足したのか、ふわりと表情を和らげた。


「……ふふっ。冗談です」

「レ、レイノルト様っ」

「すみませんレティシア。貴女の反応が想像以上に可愛らしかったので」

「だとしてもやりすぎです……」


 からかわれたことを悟ると、緊張が一気にほどけた。


「ただ……せっかくの昼食の時間にリトスの名前ばかり呼ばれたもので」

「……もしかして嫉妬、ですか?」

「はい。嫉妬しました」


 爽やかな笑みでそう告げるものの、それまでの行動を考えれば、内心が穏やかでなかったのは確かなことだった。


「……」

「ですがレティシアの愛らしい姿を見れたのでよしとします。……どうかなさいましたか?」


 申し訳なさを感じると、私は反射的にレイノルト様の耳元に動いた。


「私には貴方だけですからね、レイ」

「!!」


 照れくさく笑えば、レイノルト様からは今日一番の極上の微笑みを見ることができたのだった。

 

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