閑話 レティシア親衛隊



 とある日のノースティン伯爵家にて。


 その日はラノライド嬢の生誕祭が終わった後のことだった。

 以前ノースティン伯爵家で行われたガーデンパーティーに招待されたメンバーが、再び集まっていた。もちろん、エルノーチェ公爵令嬢ーーレティシアを除いて。


「ふぅ……シンディが口を滑らせたときはどうなるかと思いましたわ」 

「本当ですわ! 親衛隊の心得その一、エルノーチェ様を陰からお助けする、を破ってしまうことでした」

「えぇ。私達の目的は認知されることではなく、お力になることです。むしろ存在を知られては、本来の威力を半減させるかと」


 エルノーチェ公爵令嬢の親衛隊を自称する彼女達は、先日の誕生日パーティーの反省会を開いていた。


「シンディ! 反省なさい!!」


 一人の子爵令嬢が、ラノライド嬢を叱責する。


「も、申し訳ありません。うっかりしてて」

「まぁ、シンディも反省しましたし。早速聞きましょうよ」

「そうね」

「その通りですね」


 その言葉を皮切りに、子爵令嬢達の視線がさらにラノライド嬢に集中する。


「さぁ……教えてもらいましょうか、エルノーチェ様と何を話されたのかを!」


 というのは、あの日親衛隊で唯一、ラノライド嬢がレティシアと二人で話したのである。それを羨ましくも、妬むことはない彼女達の願いは一つ。情報の布教である。


「実はですねーー」


 ラノライド嬢もその需要を理解していたので、あの日の名言を彼女達に広めた。


「た、確かに……私、シルフォン様と深く接したことはないのに勝手にさけていましたわ……何と恥さらしな」

「私もです。これは噂を鵜呑みにしていたも同然」


 親衛隊のご令嬢達は、自分達がしてしまった行動を振り返って、後悔の海に沈んでいた。


「皆様。エルノーチェ様は、そんな皆様をあきれたと思いますか?」


 ラノライド嬢の問いかけに、恐る恐る頷くご令嬢方。


「……これは、私が実際にいただいた、エルノーチェ様の尊きお言葉です」

「「「「…………」」」」


 息を呑む音が聞こえると、ラノライド嬢は声高らかに告げた。


「あきれるもなにも。世の中には、自分の過ちや間違えに気が付けない方もいらっしゃいます。それに対すれば、皆様はとても素晴らしいのでは? ……と、おっしゃられていました」


 心なしか、レティシアを意識した言い方で、彼女の言葉を伝えきった。


「な、なんて慈悲深い!」

「これで見放さないなんて!」

「それどころか、私達は褒められたんですの!?」


 歓喜の雰囲気に包まれる始めると、一人の凛とした声がその場に響いた。


「さすが、レティシア様ね」

「「「シエナ様!!」」」


 現れたのは、会場となっているノースティン伯爵家の長女であり、この親衛隊の長を務めるシエナ嬢だった。


「お待たせしてごめんなさいね」


 申し訳なさそうに謝る、その所作さえ美しいシエナ嬢は品のよさがあふれでていた。


「それにしても皆様、聞きましたよ。ルウェル様との一件。なかなかに素晴らしい掩護射撃だったんだとか」

「そ、そんなことは!」

「当然の義務を果たしたまでです!」


 早速彼女は報告を聞きながら、ラノライド嬢に訪問できなかったことを謝罪した。

 ラノライド嬢は来年は来てもらうことを約束すると、笑顔で謝罪を受け取ったのだった。


「取り敢えずは一段落がついたようですが、気を抜いてはいけませんよ」

「「「もちろんです!」」」


 レティシアを助けるために。


 その思いから設立されたこの親衛隊、レティシア本人が明確に知るのはまだ少し先の話であった。

 

(……後で、リリアンヌ様にご報告しましょうかね)




◆◆◆



 とある日のエルノーチェ公爵家にて。


 バンッ!


 書斎の扉が強く開かれた。


「お姉様! 非常事態ですわ!!」

「昼から騒々しいわね、リリアンヌ」

「少しは静かに入ったらどうだ、次期王妃」

「お兄様、次その呼び方したら永遠に冷徹な宰相とお呼びして差し上げますわ」

「撤回する。どうした、リリアンヌ」


 書斎で仕事を片付けていたベアトリスとカルセインのもとを、リリアンヌが訪れていた。


「リカルド様との痴話喧嘩なら後で話を聞くわ」

「あぁ、俺も聞いてやろう」

「リカルドではなくレティシアですわ」

「今すぐ話なさい」

「今すぐ話せ」


 妹レティシアのことになった瞬間、手のひらを素早く返した二人は、仕事の手も止めた。


「実は、レティシアに親衛隊ができたとのことです」

「あら。よかったじゃない。安心できるというものなのに、何を怒っているの」

「読めばわかります」


 そう言うと、リリアンヌはベアトリスとカルセインにシエナ嬢から送られてきた手紙を見せた。


 そこには、レティシアの勇姿がこと細かく書いてあると同時に、親衛隊の活躍も書かれていた。


「親衛隊を作るのは勝手にしてもらって構いません。……ですが、レティシアを助けるのは私達の役目だったので、もどかしくて」

「「……」」

「まだ、レティシアは困っているかもしれません。なので帝国へ」

「貴女の気持ちもわかるわ、リリアンヌ。けれど、仕方のないことでしょう。それに安心なさい。レティシアも成長しているのだから」

「お姉様……」


 リリアンヌはベアトリスに正論で諭されると、静かに頷いた。


「リリアンヌ……」

「なんですの、お兄様」

「今すぐ出れば、レティシアのピンチに間に合うんじゃないか。それに親衛隊の元祖は俺達だろう」

「お兄様にしては名案ですね、行きましょう!」

「一言余計だ、行くぞ!」

「カルセイン、こら、待ちなさい! リリアンヌ!!」


 暴走しかける妹と弟の首根っこを掴むと、ベアトリスは二人にお説教をするのだった。


「お嬢様……今日もエルノーチェ公爵家はかわらずですよ」


 侍女のラナが、その光景をまたかと言う目で眺めるのであった。


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