第224話 公女の恩返し




 朗報を聞いた四日後、私は予想外の来訪者を迎えていた。


「いらっしゃい、シルフォン嬢」

「お、お邪魔します……!」


 ルウェル嬢主催のお茶会以降、彼女とはどの会場でも会うことはなかった。 理由はわからないが、あまり集まりに参加していなかった。


 そんな彼女が数日前、私に会いたいという内容の手紙を送ってきた。断る理由もないので、快く承諾して、今に至るというわけだ。


 応接室にシルフォン嬢を案内すると、向かい合って座る。


「…………」

「…………」


 シルフォン嬢は緊張しているのか、落ち着かない様子が見られた。けど、話そうという雰囲気は感じられたので、何か目的をもって私のもとを訪ねたのは明らかだった。


「このお茶、商会の最新作なんです。よろしければ」

「あ、ありがとうございます……!」


 彼女の緊張がほぐれるまでは、私が適当な話で繋ごうと思うと、手始めに用意してもらったお茶の話をした。


 シルフォン嬢はお茶を口にすると、微かに笑顔を浮かべた。


「……美味しい」

「よかった……!」


 お茶を飲むと、シルフォン嬢は少しだけ落ち着いてきた。そして、意を決したように私に視線を向けた。


「エ、エルノーチェ様……どうか、私を弟子にしてください!!」

「え?」


 とんでもない申し出に、思考が固まってしまった。予想もしなかった“弟子”という言葉の出現に、なかなか思考が動き出さなかった。


「……えぇと、で、弟子?」

「はい。弟子です」


 本人が至って真剣な表情なので、なおさら戸惑いを隠せなかった。


「……シルフォン嬢。詳しく説明していただいても?」

「もちろんです」


 力強く頷くと、彼女は申し出の理由を細かく説明してくれた。


「……私、エルノーチェ様が帝国にいらっしゃる少し前から、事実でない噂が流れるようになったんです」

「!」

「違うと否定しても信じてもらえなくて。どうしていいかわからなくなった結果、人が寄り付かなくなってしまって……」


 その言葉は、あの日のお茶会を思い出させた。一人静かに座るシルフォン嬢が浮かぶ。


「自分なりに頑張って主張をしたつもりでした。でも、誰にも届かなくて。……だから私、最近は諦めることにしてたんです。一度諦めると楽でしたが、その分集まりに顔を出すのが億劫になってしまって。貴族の令嬢として、義務を果たせないことに罪悪感を感じてしまって」


 幸いにもご両親は無理はしなくていいと言ってくれたようだが、それでも何もできない自分が嫌でかなしくなっていたと言う。


「諦めて、自暴自棄になりかけた時、エルノーチェ様のお話を耳にしました。ルウェル嬢との一件……私にとっては、嘘のようなお話で。けど、不思議と信じられたんです。エルノーチェ様なら打ち負かせるのも納得だと」


 緊張し、暗くなっていた雰囲気は、段々と薄まっていった。


「……社交活動を諦めようとしていました。けど、やはり諦めるわけにはいかないと思って。……どうか、悪意をはねのける方法を、ご教授いただけませんか」


 その声色は、なによりも切実なものだった。


「お願いしますっ……!」


 深々と頭を下げたシルフォン嬢の肩は、小刻みに震えていた。


 説明を受け、彼女の様子を見ると、私の答えは簡単に出ていた。


「そういうことならば、よろこんて引き受けますわ」

「……ほ、本当ですか」

「もちろん本当ですよ。ですから頭をお上げになって」


 こんなに即座に頷かれると思っていなかったのか、今度はシルフォン嬢が動揺する番だった。


「あ、あの……どうして引き受けてくださったのですか?」

「色々と理由があるのですか、簡単に一言でいうと……」

「一言でいうと……」


 シルフォン嬢の瞳に緊張が走る。


「シルフォン嬢が、フィルナリア帝国で初めてできた友人だから、ですね」

「!!」

「友人を助けるのは、当然のことですから」


 何もわからないお茶会で、最初に手を引いてくれたのはシルフォン嬢の方だった。彼女からすれば、たいしたことはなかったかもしれない。


 けど、知り合いが一人もいなかったあの時、私にとっては、シルフォン嬢の存在が本当に助かったのだ。本人が思っているよりも、私は救われていた。


(だから今度は、私が助ける番)


 泣きそうになっている彼女に、私はただ微笑んだ。


「……実はずっと、疑問に思っていたんです。私が初めてお会いしたシルフォン嬢は、どう考えても噂には何一つ該当しなかったので」

「エルノーチェ様……」

「シルフォン嬢。私は今、目の前にいる貴女を信じています。諦めずに、私のもとを訪ねてくれた、勇気あるシルフォン嬢こそが、本当の貴女ではないですか?」


 そう告げれば、彼女の頬から涙が落ちていった。泣かせるつもりではなかったので、驚きながらもシルフォン嬢の傍まで行く。


「あ、ありがとう、ございますっ」

「な、泣かないでください。私は当然のことを言ったまでで……」

「ありがとうございます……!!」


 落ち着かせようと声をかけるのに、何故か逆効果になって、涙の勢いを増せてしまうのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る