第223話 商人は朗報を携えて
私の方が奥側だったので、入ってきたリトスさんとばっちりと目が合う。
「おっ、いたいた。姫君もいっしょでよかっーー」
「リトス」
ゆっくりと振り向いたレイノルト様が、リトスさんの方へと少しずつ近付いていった。
「は、はい」
「ノックはどうした?」
「い、いやしたと思うんだが」
「した瞬間入るのはノックと言わないんじゃないのか?」
「は、ははは」
レイノルト様の表情は見えないが、あくまでも穏やかな声色なので、優しく注意をしているのだろう。そんなことを考えながら、茶器を片付け始める。
「ほ、本当にすまない。その、二人の時間だって知らなくて」
「ははは。そのためのノックだろう? それにディオンに言われなかったか」
「いや、その。二人でいるって聞いたから来たんだよ」
「……次はないからな?」
「き、肝に免じます」
最後のやり取りだけ聞こえなかったが、無事話がついたようだった。どこかリトスさんはダメージを受けた顔色になっていたが、レイノルト様は相変わらず穏やかなままだった。
少しの沈黙を経てから、私はリトスさんに尋ねた。
「あの、私に何か用でしょうか?」
「そ、そうなんだ! 今回のことは姫君に報告したくて」
(なんだろう?)
気を取り直したリトスさんは向かい側に座り、私とレイノルト様は先程と同じように座った。
リトスさんがレイノルト様にな資料を渡しながら、ことの経緯を説明する。
「新しい茶葉の開発に大きく関わってくれただろう? それが先日無事完成して、市場に出したんだ。というのが一週間前の話なんだが、資料を見てほしい」
「レティシア」
「ありがとうございます」
そこには、とても好調な成績が記されていた。
「まだ一週間にもかかわらず、すこぶる良い売り上げなんだ! それだけじゃない。各所から絶賛する声が凄く多いんだよ。最近じゃどこに行っても、新しい茶葉の話をされるくらいだから」
リトスさんは、かつてないほどハキハキと明るい声色で話す姿は、本当に嬉しいんだということが全面的に伝わってきた。
「凄いですね。ここまで良い滑り出しはみたことありませんから……さすがレティシアです」
「レイノルト様あってのことだと」
「いえ。これは間違いなく、レティシアの功績です。レティシアの意見は本当に貴重で素晴らしいものばかりでしたから。私からも感謝の言葉を贈らせてください」
褒め言葉の連続に少し恥ずかしくなってしまったが、同時に凄く嬉しい感情が浮かび上がってきた。
「これも全部姫君のおかげだよ! なんとお礼して良いかわからないから、何でも言ってほしい」
「そ、そんな。お役に立てただけでも光栄ですし、携わらせていただいた時間は本当に楽しかったので」
お茶会などのご令嬢方の集まりが続いても、頑張れた理由の一つだった。仕事という感覚はあまりなくて、レイノルト様と意見交換をしたり、吟味したりと、ただ楽しい時間を過ごせたとしか思わなかったから。
「謙虚すぎるよ姫君。本当に何でも言いつけてくれ。商会としてお礼は用意すべきだから」
「あ……」
「レティシア。ここまでくると、リトスは断ってもしつこく言ってきます」
「しつこいは余計だぞ」
二人のやり取りに笑みをこぼしながら、どうするか悩んだ。その様子を見てから、リトスさんはぽつりとあることを語り始めた。
「……実は、最近の新作は悪い訳じゃなかったけど、ここまで良いものを出せなくてさ。うちの商会はここまでだ、っていう目で見られることが多かったんだ」
「そんなことが」
帝国では当たり前となっている緑茶の茶葉を取り扱っている商会でも、悩みというものは存在していた。
「もちろん、そんなことはないと言い返したいけど、言い返すにはそれだけの成績がなによりの証拠が必要になる。その成績を、姫君は作ってくれた。まさに救世主だよ」
さすがに誇張しすぎだと思うが、どうやら自分が思っている以上に役に立てたようで、さらに嬉しくなった。
少し考えてからお礼にふさわしいものをみつけると、リトスさんに早速伝えた。
「あの、良ければまた携わらせていただけますか?」
「もちろん! 願ってもない申し出だよ。あ……レイノルト、良い、よな?」
「レティシアが望んでいますから。もちろんです」
レイノルト様が頷くと、私とリトスさんはお互いに安堵の笑みになった。
「でもそれはお礼にはならないから、何か他のものはないかな?」
「もの、ではないのですが、お願いしたいことが」
「おっ、なんだろう」
よく考えてみた結果、導きだした答えはこの功績を武器にすることだった。
「茶葉の製作に携わったことを、それとなく広めてもらえますか?」
「! ……なるほど。“それとなく”ね?」
「それとなく、でお願いします」
「承知しましたよ姫君。必ずやご期待に添えられるよう、このリトス、尽力します」
私に足りない帝国の評価を。これからまだ続くであろう、ご令嬢達からの評価を少しでも上げられるように、私はリトスさんに頼むのだった。
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