第222話 処遇と伝えたいこと
お茶会にガーデンパーティー、そして誕生日パーティーとご令嬢方との交流の場が怒涛に続いていた。
しかし、ルウェル嬢との騒動も一段落がついたことで、私はようやく大公城で平穏な時間を過ごせるようになった。
ラノライド嬢の誕生日パーティーから一週間が経った。私はというと、レイノルト様の書斎を訪れていた。
昼食を終えると、私達は書斎の来客用及び休憩用スペースに移動して向かい合って座っていた。といっても、距離は隣同士だけど。
食後のお茶を飲みながら、落ち着いたところで私から話を始めた。
「レイノルト様、ある話を耳にしたのですが」
「なんでしょうか?」
「……その、ルウェル侯爵家に制裁を加えた、と」
「あぁ、そうですね」
(な、なんでそんな綺麗な笑顔なんですか)
なんとなく、レイノルト様から無言の圧を感じ取ると、これ以上踏み込むか一瞬悩んだ。けど、私にも聞く権利があると判断して、負けじと尋ねてみる。
「何をなさったんですか?」
「大したことはしていませんよ」
「……教えてはいただけないんでしょうか?」
「いえ。レティシアが望むなら」
「……知りたいです」
偶然耳に届いた話ではあるものの、事の発端は確実に自分なので、結末があるなら把握しておくべきだと思った。
「緑茶の取り引き、および販売を一時的に中止しているだけです。全面的に全ての緑茶の茶葉を提供をしない、ということですね」
「……えっ」
思いもよらない内容に、素で驚く声が出てしまった。
緑茶は帝国では当たり前のように飲まれているお茶の一つ。緑茶は主催するパーティーで招待客に出すのはもちろん、家庭内で飲むことが多い飲み物のはず。
「贈り物にふさわしくないという態度は、例え言葉に出していなくても、緑茶のことを馬鹿にしたも同然です。その上事実をねじまげたのは、無下にされたようなものですから。そのような思考をお持ちの貴族がいる家に、緑茶を提供する理由はありませんね」
レイノルト様の言い分はごもっともなものだった。
「そう、ですね」
「これでも少々甘すぎる対応だったかと。なにせ期限つき、ですからね」
「……期限はいつまでなんですか?」
「決めていませんね」
「え?」
それは果たして期限というのだろうか。無期限、というのは永久に提供しないことと同義なのではという考えを浮かべた。それさえも見透かしたような、意味ありげな笑みを向けられる。
「レティシアはどれくらいの期間が良いと思いますか?」
「……」
(珍しい。とっても悪い笑顔だ)
「褒め言葉として受け取りますね」
ナチュラルに独り言のように呟いたつもりだったので、驚きから目をぱちぱちさせると、ただ微笑みを返した。
「期間、ですか」
「はい。私は正直、永遠に提供しなくてもよいと思っていますから。まぁ、緑茶がなくとも、ルウェル侯爵家が飢え死にするようなことはありませんからね」
それよりも重大なのは、それだけリーンベルク大公家から反感を買ってしまったという事実がつきまとうということだった。
元々は私とルウェル嬢の個人的な問題から始まった出来事だったので、無期限はやり過ぎに思えてしまった。それに、実は今回の件には思うこともあったのだ。
「無期限は選択肢にないです」
「ではいつにしましょうか」
「……実は私、まだルウェル嬢から謝罪を受けてないんです」
「ほう。無期限と言わずに、打ち切りましょうか」
「ま、待ってください。そうじゃなくて」
言いたかったことを伝える前に、レイノルト様にとって少し嫌な思いをさせてしまう状況になってしまった。慌ててそれを訂正する。
「なので、ルウェル嬢から謝罪を受けるまで、の期間にしませんか? もちろん、一定期間こちらから促さずに。……さすがにあまりに長い間音沙汰がなければ、手紙を送りますけれど」
「なるほど」
話を聞く限り、ルウェル侯爵家に提供停止を伝えた席にはルウェル嬢は同席していなかった。なんなら謹慎処分で部屋にこもっていたと言う。
「ルウェル侯爵がまともな方なら、提供が再開されるのはそう遅くないと思います。……いかがでしょうか?」
「レティシアはそれでいいんですね?」
「……私はそれがいいと思います」
「わかりました、そうしましょうか」
「……」
それなりにしっかりとした理由を説明して、提案をした。したけれど、あまりに即決過ぎないだろうか。
「随分と即断するんですね」
「レティシアの考えに賛同したからですよ。何一つおかしなことはありませんでしたし。……それに、レティシアはとても優秀ですから」
「あ、ありがとうございます」
急に褒められると、変な気分になってしまった。褒めた本人は、何故か落ち込むような表情を浮かべていた。
「……正直、帝国に連れてくれば、どんなことからもレティシアを守れると……そう思っていました」
「レイノルト様……」
「けど、現実は甘くないですね。私には踏み込めない領域があるから」
「……」
「すみません、苦労をかけて」
(あ……)
どこか悲しげな表情を浮かべるレイノルト様に、そんなことはないと改めて伝えようとした。
「レイノルト様、これは苦労ではありません。私の基盤づくりです」
「基盤……」
「王国からやって来た私には、帝国の社交界ではなにも持たないも同然です」
「……」
「だから、レイノルト様の隣に自信を持って立てるように頑張りたいんです。……謝らないでください。大変な日々でもあるかもしれませんが、少しずつ着実に基盤を作れてる気がするんです」
「そう、なのですか?」
不安げな瞳に見つめられたので、その不安を吹き飛ばすくらい明るい笑顔を浮かべた。
「そうです! 実はここ数日、たくさん交流があった分、親しくなれた方も増えましたから」
「……」
不安は消えつつあったものの、複雑そうな表情へと変わった。
「もちろん、私が頑張れるのはレイノルト様がいるからです。……どんなに大変でも諦めずにいられるのは、レイノルト様の隣に居続けたいと思ってるからです」
「レティシア……」
「だからーー」
だから落ち込まないで、自分を責めないでと続けようとしたその瞬間。
「レイノルトー! 入るぞ!!」
バンッ! という扉を開く大きな音と、リトスさんの声で、私は言葉を止めてしまった。
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