第225話 既視感の正体
変わりたい。そう願ったのなら、やることはただ一つ。その術を身に付ける努力をすること。
シルフォン嬢を弟子にする、というのは少々大袈裟だとは思うが、私は彼女に徹底的に立ち振舞いを教えることにした。
「威圧と睨みは習得必須ですね」
「はい、先生!」
「自信は立ち方にでます。背筋を伸ばして!」
「伸ばしますっ!」
それはかつて私が姉達から教わったもの。戦うために必要な、自分を守る力でもある。別の言い方をすれば、ベアトリスとリリアンヌからの最高の贈り物でもあるわけだ。
それほどまでに大切なものを、いとも簡単に他人であるシルフォン嬢に教えてもいいのかと、悩むこともあるかもしれない。けれども私は、踏み切るのにためらうことは一切なかった。
シルフォン嬢の話を聞いて、ずっと既視感を感じていた。その正体はわかりそうで、わからなかったけど、今ならはっきりと言える。彼女はかつての私なのだと。
(助けない理由は、やっぱりない)
そう思うと、私はシルフォン嬢と共に学ぶ日々を過ごすことになった。
さすがは帝国の侯爵令嬢というべきなのか、呑み込みは想像以上に早く、私は感嘆していた。
「エルノーチェ様、こうでしょうか」
「わぁ……素晴らしいです。ただのはったりの睨みじゃなくて、しっかりと圧を感じます」
特にシルフォン嬢の表情管理は目覚ましい成長だった。
(当時の私は本当に睨めなかったからなぁ……)
自分の過去を思い出しながら、思わず苦笑いを浮かべてしまった。ちなみの先生呼びは恥ずかしいのでやめてもらった。
「ほ、本当ですか!?」
「はい。なので是非自信を持ってください」
「はいっ!」
シルフォン嬢は、元々貴族として高潔な雰囲気を持っていた。それを磨いて光らせれば、確実に侮られない令嬢になると個人的に思っていた。
練習を続けたある日のこと。
「エルノーチェ様!」
「どうされました、シルフォン嬢」
「……実は、パーティーの招待を受けまして」
「本当ですか。どちらの招待でしょう?」
「幼馴染みの伯爵令嬢からです……もうすぐ、彼女は誕生日なので」
「なるほど……」
シルフォン嬢の話だと、その幼馴染みのご令嬢とは、親しい関係なのだと言う。しかし、シルフォン嬢が諦めかけて、社交活動を全くしなくなると、当たり前だが交流は格段に減ったという。
「それでも今回招待してくれて……私も、彼女をお祝いしに行きたいと思っております」
「それなら行きましょう!」
「ほ、本当ですか?」
強く頷くと、私は彼女の背中を押した。
「それにこれは良い機会です。シルフォン嬢が社交の場に姿を現せば、必ず貴女の話をするご令嬢も現れるはずです」
「……はい」
「そこがチャンスなんです」
「チャンス、ですか……?」
思っても見なかった言葉なのか、シルフォン嬢はキョトンとしてしまう。
「はい。話をしていると言うことは、少なからずシルフォン嬢に良くも悪くも興味があるということです。その状況だからこそ、印象値を稼ぎに行きましょう」
「稼ぎに……」
経験者の私が語るのだから、間違いない。
「人によって広まった評価は、同じく人によって沈めてもらう他ありません。ですから、ここはシルフォン嬢の力量が試されます」
「わ、私はまだ未熟で」
「そんなことはありません。いいですか? シルフォンお嬢はとても高潔なご令嬢で、侯爵令嬢ですよ」
こんな時だからこそ、身分にすがっても良いはず。彼女のもつ侯爵令嬢という身分は、本来なら簡単に侮られてはいけないのだから。
「……私、頑張ってみたいです!」
「それなら行きましょう!」
「はい、エルノーチェ様っ」
シルフォン嬢の意思を聞くと、当日の具体的な立ち回り方や言葉の選び方を、事細かに話して、彼女の不安をできるだけ取り除いて送り出した。
(会場にいてあげられないのがもどかしいけれど、でも、シルフォン嬢ならきっと大丈夫)
彼女の背中を見送りながら、最後までエールを送るのだった。
シルフォン嬢がパーティーに向かった当日、私は別のご令嬢を大公城に迎えていた。
「ごきげんよう、エルノーチェ様。今回はご招待いただき、誠にありがとうございます」
さすがは高位貴族。
立っているだけで、圧倒的なオーラを感じる。にこりと微笑み合うと、私は彼女にお辞儀をした。
「お待ちしておりました。ルナイユ様」
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