第219話 現れた公爵令嬢



 

 形勢は誰が見てもわかるほど、ルウェル嬢に不利なものとなっていた。ルウェル嬢がいくら否定しても、それは本当かはわからない。


 援護射撃をしてくれた子爵令嬢のいう通り、嘘偽りないと言えるのは、ルウェル嬢が私をエルノーチェ“嬢”と呼んだことだけだった。


「皆様、騙されているわ……!」

「でも、エルノーチェ様の呼び方に関しては本当ですよね……?」

「これはうっかりでは済まないのでは……?」


 事実を突きつけても尚、ルウェル嬢は自分の意見を押し通そうとしていた。それと対比されるかのように、私はただ静かにその光景を眺めていた。


 その事実を覆せないとわかったからか、ルウェル嬢はとんでもない発言をした。


「……お待ちください。どうして私が、エルノーチェ“嬢”と呼んではならないのかしら。彼女は公爵令嬢とはいえ、ですのよ? それなら帝国の侯爵令嬢である私と同等……いいえ、私の方が上ではなくって?」

「え……」

「な、何を仰ってるの……?」


 その発言は、さすがに周囲のご令嬢でも理解できないものだったらしい。


「何を仰いますか。公爵令嬢は公爵令嬢、侯爵令嬢は侯爵令嬢ですよ、ルウェル様。そこに国を越えての格差などありはしません」

 

 援護射撃をしてくれた声の主が、今度はルウェル嬢の主張を跳ね返した。それでも彼女は納得するどころか、遂にたがが外れた。


「違わないわ……私の方がーー!」

「ルウェル嬢、何をしているの?」

「!!」


 その瞬間、凛とした声が響いた。一世一代声の主に視線が集まった。その主は、帝国に三人しかいない、公爵令嬢の一人、マティルダ・ネイフィス様だった。


「マ、マティルダ様……」

「……不躾ながら、話の一部始終を聞かせていただきました。そちらの子爵令嬢の言う通りですわ。国を越えての爵位の格差などありません」

「!」


 自分より明らかに格上であるネイフィス公爵令嬢の言葉だからか、ルウェル嬢は酷く衝撃を受けていた。


「それにもかかわらず、エルノーチェ様に対して“嬢”呼びをしたのは、看過できることではないと思いますわ。ルウェル嬢、無礼な態度をとったのはエルノーチェ様でなく貴女の方ではなくって?」

「そ、そんな!」

(…………)


 ネイフィス様は、ルウェル嬢に厳しい目を向けていた。その効果は抜群のようで、ルウェル嬢は、先程以上に追い詰められていて、顔はすっかり青ざめていた。


「虚偽を振り撒いて貶めようとするとは……なんて卑劣なやり方なのかしら」

「!!」

「確かに……」

「ネイフィス様の言う通りだわ……!」

「今回はルウェル様を擁護できそうにいわ、ネイフィス様の言う通り、やってることが卑劣ですもの」


 ネイフィス様の言葉に続いて、周囲のご令嬢達もルウェル嬢の見る目を変えていく。ただ、私と私の後ろにいる子爵令嬢達は、そのやり取りを静かに見ていた。


「ルウェル嬢。謝罪する気がないのなら、この場にいる必要はないのではないかしら?」

「ーーっ!」


 ぎゅうっとドレスの裾をつかむと、彼女は走ってその場を去っていった。


(別に謝罪は求めてなかったけど……何だか後味が悪い)


 ルウェル嬢が去ると、ネイフィス様は続いて私に声をかけた。


「エルノーチェ様、大丈夫でしたか?」

「あ……ありがとうございます」

「とんでもない。私は自分にできることをしたまでです」


 品のある笑みを浮かべられるも、突然の登場に困惑は隠せなかった。


「改めましてご挨拶を。ネイフィス公爵家長女、マティルダですわ」

「エルノーチェ公爵家、レティシアです。お助けいただき、本当にありがとうございます」

「そんな。かしこまらないでください」


 柔らかな声色は、先程まで圧を与えていた人とは思えないほどだった。


「エルノーチェ様、よければ二人でお話ししませんか? もちろん少しの間で構わないので」

「もちろんです」

「ではここでは何ですし……少し移動しましょうか」

「わかりました」


 人が集まりすぎてしまったため、一度場所を変えることにした。移動する前に、私の援護射撃をしてくれた子爵令嬢の集まりに、お礼と後で必ずもう一度話に来る旨を伝えてから、ネイフィス様の後をついていった。


(あとで主催のラノライド嬢に謝罪をしないと……)


 本人は問題の現場にいなかったものの、私は騒ぎを起こしてしまった原因の一つであったため、後で謝罪込みで、事情をきっちり説明しようと思った。


 移動をし終わると、ネイフィス様は穏やかな笑顔で話し始めた。


「お茶会では挨拶ができずに申し訳ありませんでした」

「いえ、私からもしていませんので、謝罪の必要は」

「何を仰いますか。同じ公爵令嬢とあれ、エルノーチェ様は未来の大公妃となられる御方。本来であれば、私から挨拶をするべきでしたのに」

「……お気持ちだけで十分です、ありがとうございます」


 あの日は、ルウェル嬢との神経戦精一杯なところもあって、公爵令嬢方に話しかける余裕はなかった。彼女達は、私だと認識していなかったかもしれないので、ここは相殺になる気がした。


「それで……何かお話ししたいことがあるのでしょうか」

「そうなのです」


 その瞬間、ネイフィス様は真剣な眼差しに変わった。


「エルノーチェ様、フェリア様にお気をつけください」





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