第220話 惹き付ける者



 ネイフィス様の口から出た、フェリアという名前の女性。その名前は、明らかに公爵令嬢の一人、フェリア・ルナイユ様を指していていた。


「それは……ルナイユ公爵令嬢様のこと、でしょうか」

「はい」


 躊躇いもなく頷くと、彼女は忠告のようになってしまうがと前置きして続けた。


「実は……フェリア様は、以前より大公殿下のことをお慕いしておりました」

「……」

「社交界では有名な話があるんです。フィリア様が大公殿下に婚約を申しんだ所、すぐに断りの話が返されまして……それにもかかわらず、未だに想いを断ち切れていないという話です」

(……その話は、正直知っている)


 ルナイユ様がレイノルト様を慕っていたという情報は、随分前にシェイラとエリンからもらっていたから。


「正直な所、今後フェリア様がエルノーチェ様に何かしてくる気がしております。その時は、是非私を使ってください。お力になれればと思っております」

「……ありがとうございます、ネイフィス様」


 帝国の公爵令嬢同士がどのような仲なのかわからないが、助けを申し出てくれたことには、素直に感謝を告げた。


「突然こんなことを言われても、驚かれるとは思いますが……私、とても素敵だと思いまして」

「何を、でしょうか?」

「それはもちろん、エルノーチェ様をですわ。……今まであまり、ルウェル嬢に物申す方は中々いらっしゃいませんでしたから」

「そうでしたか」


 ルウェル侯爵家の立場を考えれば、他家のご令嬢方が物申すは確かに困難なことだろう。


「えぇ。あのように堂々とされている姿は、尊敬するものがありましたわ」

「……お褒めいただきありがとうございます。ネイフィス様も、見事な立ち回りだったかと」

「まぁ、ありがとうございます」


 丁寧に言葉を返せば、ふんわりと微笑まれた。その笑み一つにも、やはり品というものがあった。


「同じ公爵令嬢同士ですから、遠慮なさらないでくださいね。何かお困りのことがございましたら、いつでも仰ってください」

「ご配慮、心より感謝致します」


 お辞儀をしながらその言葉を受け取ったところで、私達の会話は終わった。


 ネイフィス様は、先程までルウェル嬢が話していたご令嬢方の元へ戻っていった。私は先程援護射撃をしてくれた、子爵令嬢方の元へ急いで向かった。


「あ……! ラノライド嬢」

「エルノーチェ様!」


 子爵令嬢の集団には、中心にラノライド嬢の姿が見えた。


「先程は騒ぎを起こしてしまい、大変申し訳ございません」

「エルノーチェ様のせいではありません! 今回は、どう考えても全面的にルウェル様に非があるかと思いますから」

「……ですが」

「それに。今回のことで、私はルウェル様の元を離れられるよい口実を作ることもできましたから。エルノーチェ様には感謝しているくらいです」


 穏やかな笑みを向けられると、これ以上謝るのはやめようと感じた。そして、集まっていた子爵令嬢方に頭を下げた。


「皆様、今回は本当にありがとうございました。おかげさまで、追い詰められることなく終われました」

「あ、頭をおあげくださいエルノーチェ様!」

「私達は当然のことをしたまでです!」


 会って間もない、まだそこまで親しくもなれてない私にはもったいなさ過ぎる言葉の数々だった。


 だからこそ不思議だった。あそこまで援護射撃をされる理由は、どう考えてもないのだ。疑問の答えがわからなかった私は、そのまま思いきって本人達に尋ねてみることにした。 


「あの……どうして援護射撃を? 失礼ながら、私はまだ帝国に来たばかりで……その上、皆様とはまだ親しいとは言えない仲だと思うのですが」


 不安げに、でもしっかりと彼女達の目を見ながら話すと、彼女達はそれぞれ目を合わせながら優しく微笑まれた。


「エルノーチェ様……助けるのに理由などいらないのではないでしょうか。私達は自分が正しいと思ったことをしたまでなのです」

「証拠、とまではいきませんが、私達でもできることがありましたから。それに、前々からルウェル様の嘘はよろしくないと思っていて……」

「皆様……」


 思いやり溢れる、素敵なご令嬢ばかりなのだと胸が温かくなった瞬間、ラノライド嬢がその場を凍らせた。


「というよりも、親衛隊なのだから、エルノーチェ様を守るのは当然のことでは?」

「「「「…………」」」」

「え……?」


 聞きなれない言葉がよくわからず、思わず素の声がでてしまった。他の子爵令嬢方は、少しの間固まってしまって。かと思えば、一人の子爵令嬢がラノライド嬢の肩を思いきり掴んだ。


「シンディ! 貴女その話はするなとーー!!」

「エルノーチェ様、ともかく、ご無事でなによりですわ!」

「えぇ、本当に! やはり嘘は滅ぶべきですからね!!」

「え? あ、は、はい」


 その光景を見せまいと、子爵令嬢方による壁が一瞬でできた。そしてこれでもかというくらい、なぜか安堵と賛辞の言葉をたくさんもらうのだった。

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