第217話 小さなお説教



 

 ノックをして待ってみる。


「入れ」

(おぉ~……そういう声は滅多に聞かないから、なんか新鮮)


 基本的には書斎を訪ねる時は、事前に伝えておくことが多いため、やってきたのは侍従だと思っている可能性が高い。


(どうせならそのフリして入ろう)

「失礼します」 


 扉を隔てていれば、確か心の声は聞こえない。ちょっとしたいたずら心から、気配を消しながら入室した。


「……昼食か。悪いが今日も抜いてくれ」


 カートの音や食べ物の匂いから、推測したレイノルト様は、こちらを一度も見ずにそう言い放った。普通にしょんぼりとしたくなったが、今日は料理長に頼まれた分頑張ると決めていた。


 全てはレイノルト様の健康のため。そんな一言では引き下がらないのだ。


「お仕事が大切なのはよくわかりますが、一日三食食べてください。少しでもいいですから」

「レティシア……!」


 声が聞こえた瞬間、ばっと顔を上げて私かどうかを確認していた。


「すみません、怖い声色で。驚きましたよね?」

「新鮮なだけで、あまり怖くはなかったですよ。レイノルト様ですから」

「! ……それなら、よかったです」


 安堵の笑みを浮かべると、さっと立ち上がってこちらに向かってきた所で、本題に入る。


「レイノルト様、一緒に昼食にしませんか?」

「はい、喜んで」


 私の提案に即答すると、カートを確認し始める。

 

「サンドイッチと……これは確か串揚げ、ですか?」

「そうです!」

「凄く美味しそうです」

「頑張って作ってみました」

「レティシアがですか……!? 早く食べましょう」


 驚きながらも、レイノルト様はお腹が空いている様子にも見えた。彼の提案で、バルコニーに出て食べることにした。着席すると、早速疑問を投げ掛けた。


「レイノルト様、お腹が空いてるんですよね?」

「はいっ」


 この勢いのある答えは、私の料理への気遣いからきているかもしれない。けど、今日はそれを利用して小さくお説教を開始した。

 

「それなのに抜こうとしたんですか」

「あっ」

「駄目ですよ。空腹を感じているのに食べないのは。それに、三食食べないのも体に悪いです」

「すみません……」


 しょんぼりとする姿は、珍しい上に可愛いという感情がわき起こり、私の言葉を詰まらせた。けど、それでも最後まで伝えたいことを言葉に出しきる。


「一日抜く程度でも心配なのに、連日抜いているとなると、心配過ぎて眠れなくなります。だから、どうかこれからはなるべく食べてくださいね」

「お約束します、絶対に」

「約束ですね」


 その言葉を聞くと、私は満足そうに笑った。言いたいことも言えたので、この話はここで終了した。


「では! 食べましょうか」

「はい、ご用意いただき本当にありがとうございます」

「お口に合うと良いのですが」


 料理を並べると、レイノルト様はじっと見つめて動かなくなる。


「もったいなさ過ぎて……食べたい気持ちと保存しておきたい気持ちで葛藤が起こってます」

「保存しないでください。何度でも作れますから」

「本当ですか……?」


 私の言葉に想像以上に食いついたレイノルト様が、期待の眼差しでこちらを見つめ始めた。


「本当ですよ。……もしお口に合えば、また作って持ってきますね」

「あぁ、ありがとうございます」


 心底安堵しつつ、喜びを噛み締めた笑顔は、眩しいくらいに輝くオーラを放っていた。久しぶりに発光する笑顔を見れると、私の気分も自然と上がっていった。


 その約束を交わすと、レイノルト様は串揚げを食べてくれた。


(……大丈夫かな。味は濃くないかな。いや、逆に薄かったかも。揚げすぎて固かったかもしれないし、単調な味で美味しくないかもしれない)


 その瞬間、私は無意識に不安が発生していた。


「……レティシアは料理の天才ですね」

「お口に合って何よりです」


 ほっと安心したかと思えば、レイノルト様の評価はまだ続いた。


「味は濃くも薄くもない、絶妙な加減です。揚げ具合も同じく完璧で、味は完全に私の好みですね」

「……ふふっ。ありがとうございます」


 予想外すぎる答えが、どこか面白くて笑い声が漏れてしまった。


「ふふっ……ふふふっ」

「レティシア、大丈夫ですか」

「大丈夫です……ふふっ」


 つぼに入ってしまった私は、少しの間笑い続けていた。その言葉は、レイノルト様の気遣いだとすぐにわかったが、真面目に全て回答してくれたことが、不意打ちのようで面白かったのだ。


「すみません。笑いすぎました」

「レティシアの笑顔は世界で一番癒されるので、何も問題ありません」

「……では、私にとってはレイノルト様の笑顔は世界で一番嬉しいものですね」

「本当ですか?」

「本当ですよ?」


 そう言うと、お互い微笑みあった。


 その後も、昼食を食べながら他愛のない話を交わしていた。


 最後に、私が週に一回以上は昼食を作る約束をすると、昼食の時間は無事に終了するのだった。

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