第210話 その魅力に惹かれて
前半シャーロット視点、後半レイノルト視点です。
△▼△▼△▼
義妹を見送ると、私は自室へと戻った。
「……あぁ、駄目だ」
「何が駄目なんだ?」
「うわっ。……いたのか、ライオネル」
「珍しいな、シャーロットが気配に気が付かないなんて」
窓の外からは夕日が見え始め、灯りをつけるにはまだ早い時間だった。ライオネルはちょうど逆光になって、よく見えなかった。その上、オリヴィア嬢と会って色々と考え事をしていた。
「……すまない」
「別に責めてないさ。レティシア嬢に会ったんだろう。浮かない顔を見ると、謝罪は失敗したのか?」
ベッドに腰かけるライオネルに近付きながら、首を横に振る。
「いや。違う」
「ん?」
「失敗どころか、受け取ってすらもらえなかったさ」
私はライオネルの隣に座ると、レティシア嬢との会話を一部聞かせた。
「成長できる場を、か」
「あぁ。…なぁ、ライオネル。お前の弟は一生分の運を使いきったんじゃないのか?」
「べた褒めだな」
「だって。あんなこと言われるとは思わないだろう……! レティシア嬢が騎士に思えるほど、心意気が素晴らしかったぞ」
「そうだな。レティシア嬢以上に、大公妃にふさわしい人材はいないだろうな」
「だろうじゃない。彼女以外務まらない」
最初は義妹ができる、それだけで嬉しかった。長年婚約とは無縁だった義弟のレイノルトが誰かと婚約する、それだけで、ライオネルと共に喜んだから。
それなのに、私の想像を遥かに超えて、義妹レティシアには惹き付けられる魅力があった。
レティシア・エルノーチェ。一人で他国へ来たから萎縮しないか、という心配は全くいらなかった。それどころか、確かな強い意思を秘めた眼差しを持っており、社交界で戦う準備はできていると言わんばかりのオーラだった。
(私は……凄く頼もしい人物が義妹になったのかもしれないな)
言葉遣いや佇まいは、可憐だがしっかりと芯のある淑女。守ってあげたいという庇護欲が浮かぶが、そんなものは必要ないと言えるほど、レティシア嬢は自分の足で立っていた。
「まぁ……俺はレイノルトが自ら選んだ時点で、何も心配はしてなかったがな」
「何を言ってるんだ。婚約成立の手紙を目にして開口一番、レイノルトが頭を打ったと言ったのはライオネルだろう」
「……最初だけだ。信じてたさ」
「はいはい。よく知ってるよ」
動揺することなく、涼しげな笑みをくずすことはなかった。
レティシア嬢というよりも、若干視点がレイノルトに行く辺り、私の夫はいつまで経っても弟を溺愛してやまないようだ。
それをレイノルト本人もわかっているから、さっさと王城を出た上に、手紙もそう頻繁に返さないのだろう。
「それにしても今回のお茶会、よくレイノルトが許したな。レティシア嬢は来れないと勝手に思っていたが」
「レイノルトには事前に便りを出したからな」
「……返ってきたのか?」
「当たり前だろ」
「俺には返さないのに」
「ライオネルは送りすぎだ」
相変わらずの様子に、あきれるようにため息をついた。
◆◆◆
〈レイノルト視点〉
あるものが視界に入ると、思わずため息が出た。
「はぁ……」
「ため息なんてついてどうした? やっぱり姫君を送り出したのを後悔してるのか」
「違う。この山を見ろ」
「……あぁ、いつものか」
山になっているのは、手紙。差出人は全て同じで兄だった。
「こんなもの書いてる暇があったら、国務に時間を割いて欲しいものだがな……」
「まぁレイノルトの言いたいこともわかる。陛下は少し送りすぎだからな。ただ、あれだぞ。返さないとまた突撃訪問されるんじゃないか」
「っ」
その言葉を聞いて頭を抱える。前例がある以上、その可能性を否定できないのだ。
「それに王妃殿下に手紙を送ったなら、一通くらい返して差し上げろよ」
「……代筆してもいいんだぞ、リトス」
「それをこの前やったら小言つきで返ってきただろ。“私は自分の手で書いているのに、どうしてレイノルトは他人の手を借りるんだ?”って」
それを聞いて、小さくため息をつく。兄弟の仲は良いのだが、兄は心配性なのだ。リトスにそれを言うと、お前が返事をしないだけだと言われるが……兄は俺に対してだけ、返事が来なければ待つという選択肢をとらない。
そのせいで、書かざるをえないのだが。
「……もういっそのこと、受け取りを拒否するか」
「やめとけ。会った時に拘束時間が何倍にもなって、姫君との時間が過ごせなくなるぞ」
「……くっ」
「手紙くらい書けばいいだろうに」
そう言われながらも、結局は仕事の手を止めない。
「姫君はしっかりと書いていたけどな、返事」
「……」
「侍女からの話だと、朝早く起きて書くほど、大切にしてるそうだぞ、文通」
(……ということは、俺も返すべきか)
ピタリと仕事の手を止めると、手紙の山を見た。そして、無言で一番上のものを取って、仕方なく読み始めるのだった。
「……姫君の名前を出すと、謎理論でも通るんだな」
リトスの言葉はもう耳に届いていなかった。
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