第208話 噂と火消しと困惑




 部屋に戻ると封筒を開けながら、シェイラとエリンにシルフォン侯爵令嬢の一件について話した。


「シルフォン侯爵令嬢、ですか」

「二人は何か知ってる?」

「私はわからないです……」


 その問いかけに、エリンは申し訳なさそうに首を振った。


「……特に大公殿下と接点のあるご令嬢ではありませんでしたので、私もわかりません」

「ありがとう。……引っ掛かることが多かったから、調べてもらったの」


 改めて封筒を見せながらそう言うと、早速中身に目を通した。


〔ご令嬢方に対する聞き取り調査の結果、シルフォン侯爵令嬢は虚言癖の酷い人だと述べる意見が多かった〕


 その結果は、フラン嬢とラノライド嬢が言っているものと変わりがなかった。しかし、ここで終わらないのが大公家の優秀な情報屋というもの。


〔ただ、具体的な例を聞いても返ってこなかった。これは噂にすぎない可能性が高い。しかし、浸透力が高いゆえに事実に近い認識をしている令嬢が多く見られた〕


 続きを読むと、私は思わず眉間に皺を寄せた。


(噂の出所……これは悪意がある可能性が高い気がする)


 噂というものは、貴族の矜持を守るために、自分に悪いものであればすぐに火消しをしようと動くもの。


(お茶会に姿を見せている辺り、そういうことをサボっている方には見えない)


 集団的な無視といい、収まらない噂といい……シルフォン嬢の一件は、そう簡単に一言で語れるものではなさそうだった。


「シェイラ、エリン。悪い噂が流れたとして、火消しをしきれない時って言うのは……」

「ほぼ間違いなく、影響力のある方が発信源になっていることが考えられます。悲しい現実、信用度が高い方の話が信じられますので」

(……やっぱりそうか)


 シェイラの言葉で確認をするように、二回ほど頷いた。続けてエリンも口を開く。


「……火消しは、一人では難しい気がします」

「確かに……そうね」

(私も、悪評を払拭したのは一人ではなかったもの)


 綺麗に孤立させられている図に見えるシルフォン嬢は、誰も耳を傾けてくれなさそうに思えた。


「噂の根元を断つためにも……まずは根元を見つけないと、よね」

(そのためにも、やはり社交界のイベントごとには参加しないと)


 そう思いながら、もう一つの封筒を眺めるのだった。






 

 王妃殿下より手紙をもらって二日後。私は、招待されたために王城を訪れていた。


 帝国の王城を訪れるのはこれで二度目。レイノルト様とのお茶会よりも先になってしまうことに申し訳なさを感じたが、どうやら王妃殿下は、レイノルト様の方にも連絡をしていた。


 そのおかげで、穏やかな笑顔で送り出されることになった。もちろん、近々二人のお茶会を必ず開くと約束して。


 王城の一室に案内されると、中には圧倒的なオーラで佇む王妃殿下がいた。


「ご無沙汰しております、妃殿下」

「今日は来てくれてありがとう。あと、その呼び方はやめてほしい。身内に肩書きで呼ばれるのは堅苦しいだろう?」


 挨拶を交わせば、少し寂しそうな表情で返された。すぐさま訂正するように、言い方を変えた。


「で、では、シャーロット様と」

「あぁ。そうしてほしい」


 ふわりと微笑む笑みには、温かさを感じた。女性から見ても、シャーロット様には惹かれるものがあった。

 

 用意された席に向かい合って座る。


「急な招待にもかかわらず、応じてくれたことに感謝させてくれ」

「い、いえ。私の方から誘うべきでしたのに、大変申し訳ありません」

「気にしなくて良いさ。けど、次は誘ってもらえると嬉しいな」

「もちろんです」


 オーラと口調からは、最初圧倒されて近付くのを躊躇ってしまう印象だったけど、こうして至近距離で話してみると、とても親しみやすい方な気がした。


「……お茶会に行ったと聞いたんだ。内容も何となく話を耳にしてな」

「そうだったんですね」


 王妃殿下の人脈を知るわけではないが、あの日のお茶会に彼女の知り合いがいても、何もおかしくはないだろう。そう思えば、驚くことは何一つなかった。


「……レティシア嬢」

「はい……?」


 お茶会と口にした時から、気のせいか目線が下がっているように見えた。すると表情はどこか申し訳ないようなものへと変わっていった。


「本当に申し訳ない。今日は謝罪をしたくて呼んだんだ」

「謝罪……ですか?」


 王妃殿下の言葉の意味がわからず、本気で困惑した声が出てしまうのだった。


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