第207話 大公家の情報屋




 お茶会の次の日は、レイノルト様の心配も受けてゆっくりと休むことにした。ただのんびりと過ごしたのは、思えば久しぶりのことだったかもしれない。


 夕方になると、自室でシェイラの用意してくれたお茶を飲むことになった。エリンは別件の仕事で席をはずしていた。


「……お嬢様。改めまして、お疲れ様でした」

「ありがとう、シェイラ」


 昨日は、レイノルト様に部屋へ送ってもらった後は、侍女二人はすぐに休めるように準備を始めた。というのも、レイノルト様が私の体調面について情報を二人に教えたからだった。


 心配された私は、夕食後あっという間に就寝準備を終え、半強制的に眠りにつかされた。今日の朝から今ににかけても、休息第一とした二人は、静かに私の様子を見ているだけだった。


(だからお茶会については、まだ何も話してなかった気がする)


「昨日はいかがでしたか?」

「うん……色々あったわ」

「お聞きしても?」

「もちろん」


 入場の扱いや言動から格下の扱いを受けた話と、それに対抗して意見を述べた話をした。


「……お嬢様に不遜な態度を取る輩がいるんですね」

「お、落ち着いてシェイラ。しっかりと言葉を返したから」


 むっとした顔で、冷たい空気を放ったことに驚きながらもシェイラを制した。要約しながら、言い返したことも具体的に説明する。


「素晴らしい対応にございます」

「ありがとう」

「エルノーチェ公爵家は、王国で宰相を務めるほど優秀で有能な家と聞いております」

「……そうなの」

(……かつては置いておいて、今はお兄様が頑張っているから、間違ってないはず)


 少し考える間を空けてから、シェイラの言葉に頷いた。


「エルノーチェ公爵家が、ルウェル侯爵家よりも上の立場であることは、明らかなことにございます。それなのにお嬢様を無下にするとは、教養がないですね」

「……恐らく無下にして、粗を探したかったんだと思う」


 他にふさわしい人はいるのに。あの言葉は私のなかで、忘れられないものとなっていた。


「シェイラ達も言っていた通り、レイノルト様はとても慕われているから。私のことを良く思わないご令嬢がいるのは当然よ。……ただ、あそこまであからさまに態度に出されるとは思わなかったけど」

「やっていることが小物ですね。まともな良識を持つ方が聞けば、誰が誰を下に見てるんだと仰られるはずです」

「ふふ、ありがとうシェイラ」


 ズバッと言ってくれるシェイラの態度に、思わず笑みがこぼれる。自分は間違ってないと安堵すると同時に、負けるわけにはいかないと意気込むのだった。


「ただ、お気持ちを言えたのは良いのだけど、会場全員には伝わらなかったのよね」

「それはつまり」

「えぇ。これから噂が流れることになるかもしれない……ほぼ間違いなく、ルウェル嬢は自分に都合の良いように言い回る気がする」


 これにはシェイラも同じ意見のようで、こくりと力強く頷いた。


「だから直近のパーティーやお茶会には、何度か出席しないとと思って」

「……もしかして、エリンに頼んでいたのは」

「えぇ。出席できるものについて調べてもらいにいったの」

「なるほど」


 その話をすると、ちょうどタイミング良くエリンが仕事を終えて戻って来た。


「お疲れ様、エリン」

「お疲れ様です、お嬢様!」


 明るい様子で部屋に入ってきたが、手には何通かの手紙を手にしていた。


「お嬢様宛に手紙が届いておりました」

「ありがとう。これは……シャーロット様からの招待状だわ」

「わぁ……王妃様とお茶会ですか?」


 一通目は、シャーロット王妃殿下より、二人でお茶をしないかという招待のものだった。


「私からお誘いするべきだったのに……申し訳ないわ」

「お返事は今書かれますか?」

「えぇ。すぐに返事を書くわ」


 シェイラにペンとインクを用意してもらう。その間、他の手紙にも目を通した。


「これはーー」


 その差出人は、名前だけ知っている人物だった。封を開いて中身を確認すると、こっちにも返事が必要であることを判断する。


 両方に返事を書き終えたところで、部屋がノックされた。


 エリンが扉を開けると、そこには親しみのある顔が穏やかな笑顔で立っていた。


「お久しぶり、姫君。さすがに部屋の中には入れないから、外でも良い?」

「お久しぶりです。はい、お願いします」

 

 シェイラに返事の手紙を託すと、私は部屋の外に出てリトスさんと話すことにした。


「シルフォン侯爵令嬢について、調べるように頼んだだろう? 本当はレイノルト経由で届けるつもりだったんだけど、あいつ今忙しくて。直接届ける許可が下りたから渡しに来たんだ」

「調べてくださったのですか?」

「あぁ。薄々気が付いていただろうけど、大公家専属の情報屋だからね、俺」

(確かに何となくそんな気がしてた)


 そうやって言うと、書類の入った封筒を渡してくれた。


「ありがとうございます。とても助かります」

「お役に立てて何よりですよ」


 ペコリとお辞儀をしながら感謝を伝えた。すると、もう一つ封筒を渡される。


「あぁ、そうそう。一応必要かと思ってこれも」

「これは?」

「ルウェル侯爵令嬢ふくむ、シルフォン侯爵令嬢の噂の出所だと思われる候補について。あくまでも急いで集めたものだから、情報は薄いかもしれない」

「とても重要なものをありがとうございます……!」


 頼んでいないのに、まとめて資料をくれる当たり、リトスさんの有能さがうかがえる。


「どうってことないよ。またいつでも声をかけてくれて構わないから」

「はい。お世話になるかもしれません」

「俺は頑張る姫君を全力で応援してるから、任せて」

「ありがとうございます」

「そろそろ戻らないと小言を言われそうだから戻るけど、またゆっくり話そう」

「は、はい。ありがとうございました」


 最後にもう一度お辞儀をすれば、リトスさんも綺麗な礼をして帰っていった。

 


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