第206話 葛藤と尊重(レイノルト視点)
心が読める。普通では考えられない、気味が悪いとも取れる力の存在を知ってもなお、レティシアは俺に距離を置くことはなかった。それどころか、心を読まれていることが嫌でないと証明するように、何度も気を遣ってくれた、俺の最愛の人。
婚約が両家から正式に認められ、こうして帝国に連れてくることができた。
連れてきた以上、絶対に守る。そう誓ったのに、既に守れていないような気がした。
「……ルト。レイノルト!」
「……あぁ、来たかリトス」
脳内で先ほど聞いた話の整理に夢中で、リトスがノックをしたことすら気が付かなかった。
「どうしたんだ怖い顔して。それに呼び出しとは珍しい」
「調査依頼だ。レティシアから」
「おっ、姫君から? これは腕がなるね」
「なるほど、俺からのだと手を抜いていると」
「言葉のあやだろ……そんなことないって」
リトスが何を言いたいのかはわかる。こいつもまた、レティシアの力になりたいと思っているのだから。
「それで? 何を調査すればいい」
「グレース・シルフォンの噂について」
「シルフォン侯爵令嬢? ……あんまりリーンベルク大公家とは関わりがないから、そう言えばよく知らないな」
「頼めるな?」
「あぁ、任せろ」
独り言のように呟くリトスだが、彼でさえシルフォン侯爵令嬢の噂については知らなかった。レティシアから又聞きしたシルフォン侯爵令嬢の評価には、どうやら令嬢間にしかわからないことがある気がした。
(レティシアの言う通り、陰湿的なものを感じるな)
うちの優秀な情報屋であるリトスでさえ知らないこと。そこに大きな引っ掛かりを感じていた。
「それと、もう一つは俺から」
「レイノルトからか。何だ?」
「お茶会で何が起こったのか調べて来てほしい」
「……それは姫君に聞けばいいだろ」
リトスの言い分はもっともだった。ただ、聞くことができないのを先ほどの報告会で察している。
「……レティシアは、自分のことはあくまでも婚約者だと思ってるんだ」
「そうか」
「裏を返せば、自分はまだ大公家の一員ではなく、エルノーチェ公爵令嬢なのだと。だから、自身の矜持が傷付いても、大公家の出る幕ではないと思ってる」
「!」
婚約披露会までしたのだから、自分は大公妃になるものだと確信して、それを肩書きにしてくれて一向に構わない。そう思っていたのに、レティシアはそれでも自分は一介の公爵令嬢と振る舞っているように思えた。
「迷惑かけないようにって、必要以上に割りきってるのか」
「……恐らくな。お茶会みたいな令嬢方の集まりで、レティシアがどう振る舞うかは個人の自由だ。だから大公妃のように振る舞って欲しいと願うのは、俺の押し付けになってしまう。それに、肩書きはまだ婚約者だからと、断られそうで」
「あー……姫君ならあり得そうだな」
レティシアがお茶会で何かあったのは事実だった。ただ、どんなに心を読んでもその真相を語られることはなかったのだ。
「読んでも駄目だった。これに関しては調べてくれとしか言えない」
「わかった。……にしてもあれだな」
「ん?」
真剣な眼差しで頼めば、リトスは思ったことがあるようだった。
「姫君、使いこなしすぎじゃないか? 心と声の分け方というか、伝わりたくない情報の制御とか」
「確かにそうだな。レティシアは使い分けが上手い」
心の声が読めるのだから、お茶会の話を聞けるのは簡単だと思っていた。しかしこれでもかと言うほど、話を振っても彼女の心の中から、欲しかった情報が読めることはなかった。
「それほどまでに……覚悟があったんだろうな」
「一人で戦う覚悟か?」
「あぁ」
レティシアには明確な線引きがあるように思えた。分をわきまえるような線引きが。まるで、自分はまだそこに立ち入ってはいけないと言わんばかりのように。
「……どうにか線引きをなくせないものか」
「線引き、か」
「……いや、こればかりは、話し合う他ないな」
「まぁ、そうだな」
うんうんと頷くリトスを見ながら、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「……何か意見はないのか?」
「意見か?」
「あぁ。心配だとかそういう個人の感想」
リトスからはそういうことは言わずに、同意するばかりだった。その様子が気になって聞いてみたのだ。
「心配なんて微塵もないな。それにレイノルトのことを全て受け入れた姫君だぞ? お前のことを捨てることはないと踏んで聞いていたんだが」
「どういう意味だ……?」
リトスの言葉の意味が理解できず、本音がこぼれた。
「だってそうだろう。大公家の力を極力使わず、自分の力で戦うことを決めたってことは、これから先の長い未来を見てるって意味だろう。他人任せじゃなくて、自分が持っているもので作り上げた地位以上に、磐石なものはないからな」
「!」
「だから姫君は、お前のためにも自分で戦いたいんだろうなと思ってたんだが……違うのか?」
「……いや、違わない、気がする」
リトスの言葉を聞いて、それまで自分が考えてたことが、エゴな気がしてきた。
(レティシアに尊重すると言ったんだ。この言葉を曲げる必要はなさそうだな……)
レティシアが王国で戦い抜いた強さを思い出しながら、ふっと笑った。
(けどレティシア。俺は君を守るために動くよ)
必ず守り抜く。指一本でも傷付けさせない。もちろん心も。
それが、王国出立前にベアトリス嬢とカルセイン公子と約束したことだから。
(もちろん、約束がなくてもそのつもりだ)
愛する彼女を思い浮かべながら、自分がやるべきことをもう一度考え直すのだった。
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