第205話 お茶会の報告会




 自室に向かうつもりだったのだが、レイノルト様は「自分も戦うので、是非とも今日の出来事をお聞かせください」と言われ、結果的に捕まってしまった。


 承諾してしまった以上、下手な理由で断るわけもいかない。


(本気だったのね……)

「本気ですよ?」

「あ」

「……すみません。わかってしまうので」


 無意識に心の中で呟いたのだが、レイノルト様はそれを拾ってすぐに、申し訳ない表情をした。


(謝らないでください。悪いことをしているわけじゃないんですから。レイノルト様のおかげでコミュニケーションツールが増えましたね)

「コミュニケーション……ツール?」

(あ……うーん、簡単にいうとやり取りする方法、ですかね?)

「……なるほど」


 いくら打ち明けたとはいえ、心情を読み読まれるという関係はまだ慣れたわけではない。それもあって、レイノルト様は時々不安げな表情を浮かべている。それに関しては、その都度補っていかないと。


(……それに、私の意思を尊重していただいた以上、私もレイノルト様の意思を尊重しないと)

「公平じゃないですからね」


 最後の言葉は声に出しながら微笑んだ。本意だと伝わるように。


「……良かった」

「では、さっそく作戦会議しましょう。今日の報告もかねて」

「そうしましょう」


 こうして私達はレイノルト様の書斎に移った。

 

「……向かい合うと遠いので、隣に座りましょう」

「そうですね」


 並んで席に着くと、さっそく私の報告をする流れになった。まずはシェイラとエリンに尋ねる予定だったことを話すことにした。


「会場に入るとどの席も埋まっていて。それなのに一つのテーブルだけ、一人のご令嬢がぽつりと座って、周囲は綺麗に空いていたんです」

「……あまり良い光景ではないですね」


 その様子を想像したレイノルト様の反応は、明るいものではなかった。


「実はそのご令嬢の隣に座りまして。彼女はシルフォン侯爵家のグレース嬢なのですが、レイノルト様は何かご存じですか?」

「シルフォン侯爵とは何度もお会いしていますが、ご息女は関わる機会がほとんど無かった気がします」


 シルフォン侯爵家は帝国の侯爵家の中でも、歴史のある家。ただ昔ほどの勢いはなく、今は良くも悪くも安定した堅実な家だと、レイノルト様は語った。


「……帰りに、別のご令嬢方からシルフォン嬢に関して色々と話を聞いて」

「どんなお話しですか?」

「あまり気分の良くない話です」


 そう一言前置きして、フラン嬢とラノライド嬢から聞いた話をそのまま告げた。


「……話してみた感覚では、噂通りの方に見えなかったんです。それもあってか、シルフォン嬢はもしかしたら、かつての自分と似たような立場なのかなと思ってしまって」


 陰湿な雰囲気を感じ取ってしまった以上、シルフォン嬢よりも周囲の印象が悪くなった。その影響もあるけど、直感的にそ感じてしまったのだ。


「レティシアの直感は間違いないと思います。経験者にしかわからないことがありますから」


 もどかしい思いをなんとか言語化すると、無事にレイノルト様に伝わった。優しげな眼差しで反応してくれた。

 その反応に後押しされると、私はレイノルト様に意を決して尋ねた。


「レイノルト様。もし可能であれば、シルフォン嬢について調べられますか?」

「もちろんですよ」

「お願い……したいです」

「急ぎ調べさせますね」

「あ、ありがとうございます……!」


 こうも簡単に通ると思っていなかったので、驚きながらも純粋に喜んだ。調査が終わり次第情報をもらえるということで、シルフォン嬢の件については、区切りがついた。


「他には何かありましたか?」

「他……あ。レイノルト様、高級な茶葉を用意していただき、本当にありがとうございました」

「お役に立てましたか?」

「とても」


 あの茶葉のおかげで、ルウェル嬢に不満を伝えることができたから。披露会からお茶会の対応に関して、不満を言うのは自分の印象が悪くなりかねないので、少々難題でもあった。


「喜んでいただけましたか? 最近のご令嬢方が、どれほど緑茶に関心があるのかわからないのですが……」

「そう、ですね」


 これは困った。本当のことを包み隠さず言えば、レイノルト様の気分を害する可能性もあった。


「……何と言われましたか?」


 私が言い淀んでしまったせいで、レイノルト様も何かに勘づいた様子だった。けどまだどうにかなると思って、ごまかす方を選んだ。


「エルノーチェ嬢、素敵な贈り物をありがとうございます。……と仰られていたと思います」

「……そのまま言われたんですね?」

「そのまま、言われました……!」


 それっぽくなるように、再現するような言葉を選んで教えた。苦笑いに見えないような笑顔を作りながら。ただそれでも、ボロというものは出てしまうようで。


「なるほど……エルノーチェ、ですか。ルウェル侯爵令嬢がレティシアをどう思っているかはわかりました」

(あっ)


 無駄な再現度の高さのせいで、格下扱いをされていたことがバレてしまった。


「ルウェル侯爵家ですね、覚えておきます」

「あ、あはは……」

(これは……どうしようもない)


 レイノルトの感情のない綺麗すぎる笑みを見て、一瞬私は告げ口をしたように気分が落ちた。けれども、これは事実。それを聞いてレイノルト様がどう思うかは彼の自由なのだ。そう考え直すと、罪悪感は一切芽生えてこなかった。


 

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