第204話 重なる既視感



 


 フラン嬢とラノライド嬢との話に区切りがつくと、そろそろ帰宅する流れになった。


「ではまた。次の会場でお会いしましょう」

「あ……エルノーチェ様。お話ししておきたいことが」

「?」


 この場を解散しようとしたその時、最後にと付け加えて二人に引き留められた。一体何だろうと不思議に思いながら耳を傾ければ、その話は衝撃的なものだったが、反応は見せずに内心に留めた。


 二人が厚意でくれた情報に対して感謝を告げると、今度こそ解散になった。


(……帝国の社交界も、案外王国と変わらないのかもしれないわ)


 馬車に乗って、外の風景を見ながら聞いた話を整理していた。


「……シルフォン嬢」


 聞いた話というのは、シルフォン嬢について。二人は私がシルフォン嬢と一緒にいたことを見て、心配する意味で教えてくれたのだ。


 なぜ彼女が一人で座っていたのか。


 それはシルフォン嬢にまつわる話にあった。どうやら彼女には、虚言癖があるのだという。見栄を張るためには平気で嘘をつく。そして、自分の保身のためなら簡単に人を裏切るという。


(……そんな人には見えなかった。もちろん、そう見えないように振る舞っているのかもしれない)


 その噂があるから、誰もが彼女に近付かないのだと言っていた。けど、その話を聞いた瞬間浮かんだ言葉があった。


 それが悪評。


 私の直感が正しいのなら、悪評の根源があるはずだった。噂の発信元が。それを知るまでは、私のシルフォン嬢への印象が色付くことは決してない。


 人から得た話や噂なんかより、自分で話してみた感覚では、少なくとも彼女に対して悪い印象は抱かなかった。


(……それに、皆して避けているあの状況が解せなかった)


 悪意のある行動にしか見えず、それを当たり前のようにやっていたご令嬢方のほうが、よほど私にしたら印象が悪かった。


 それに、シェイラとエリンがくれた情報を思い出しても、シルフォン嬢に対する警戒する内容はなかった。むしろ平凡と言っていいほど、悪い場所がないような記載だった。


「はぁ……」


 ぽすっと頭を壁に寄りかけると、馬車の天井を見上げながら思考するのをやめた。


(私が王国の社交界にろくに参加しなかったからわからないけど、どうしてこうもややこしいのかしら)


 思惑が渦巻いているのは理解できる。ただ、他人を蹴落とさなければいけないと言わんばかりに、何かしら問題が発生している。

 

(あぁ……シルフォン嬢のこともだし、ルウェル嬢への対応も考えないと)


 丁重な対応で苦言を呈したつもりだが、相手からすれば公衆の面前で恥をかかされたと捉えられるかもしれない。というか彼女ならそう受け取るだろう。


(レイノルト様に気を遣ってもらえて、社交界活動は必要最低限で問題ないと言われてたけど、しばらくの間は顔を見せた方が良いわね)


 でなければ、面倒なことになる。そう思いながら、大公城に到着するのだった。


(取り敢えず、まずはシェイラとエリンに聞いてみよう)


 動いていた馬車が止まった。それと同時に疲労が襲ってきた。


(うっ……疲れた。緊張してたのもあるかも)


 ぎゅっと目をつぶって、ぱちぱちとする。首を少し振ってどうにか疲労を払った。そんな状態で馬車を降りようとすると、ふらついてしまった。


「あっ」

(落ちる!)


 とっさに手を出して受け身を取ろうとしたが、体は地面にぶつかることなくふわりと宙に浮いた。


「ご無事ですか、レティシア」

「……レイノルト様」


 気が付けばレイノルト様に抱き止められていた。


「ありがとうございます」

「お疲れのようですね……大丈夫ですか?」

「大丈夫です。すみません、考え事をしていて」


 そっと地面に下ろすと、髪を耳にかけてくれた。心配そうな眼差しで頬をそっと撫でられる。


「……何かありましたか?」


 その問いかけに、どう答えるべきか一瞬悩んだが、気持ちを素直に答えた。


「なかったわけではありませんが……私が自分で動くべきかと思います」

「……」

「もちろん、本当に必要な時は絶対に頼ります。約束しましたから」


 小指を見せながら見つめるものの、レイノルト様から不安げな表情は消えなかった。


 レイノルト様の頼って欲しいという思いも、無理をしないで欲しいという思いも理解できる。けど、私にも踏ん張りどころがあると思って。


 大公妃としてレイノルト様の隣に立つためには、守られてばかりではいけないと思うのだ。それでもレイノルト様の思いを無下にはできない。そう思うと、小指を下ろして告げた。


「……頑張るので、応援していただけませんか?」

「応援、ですか」

「はい。抱き締めてもらえれば、頑張れる気がします」

「!」


 こんなことを言うのは恥ずかしいが、甘えてみるのも必要だと思って言葉にだした。そのつもりなのだが、疲れてしまったこともあって、もしかしたら本心だったかもしれない。


「……していただけないんですか?」


 困らせてしまったのかもしれないが、少しの沈黙も取り下げる理由にはならず、必然的に上目遣いで尋ねてしまった。


 そう聞けば、レイノルト様は優しく包み込んでくれた。


「レティシアはずるいです」

「……はい」

「本当は、レティシアに害するものは容赦なく制裁したいのに……貴女はそれを許してくれないでしょう?」

「……これから先帝国で過ごす上で、穏やかに暮らすためには、自分の力で構築しないといけないと思うんです」


 ぎゅっと力を強めながら、レイノルト様は本音を吐露した。


「その意思を尊重します……でも、戦うのは私と一緒に、ですよ?」

「……ふふっ、わかりました」


 思いやり溢れるその言葉に、心の底から安堵の笑みが浮かぶのだった。



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