第203話 身分という意識
各家のご令嬢方が帰宅する中、私達は静かな場所へと移動した。
「どうかなさいましたか?」
何の用件だろうと不思議に思いながら尋ねると、二人は目を合わせて頷いた。
「「大変申し訳ありませんでした」」
「…………え?」
てっきり、ルウェル嬢からの伝言かと思っていた私は、思わぬ言葉に拍子抜けしてしまった。驚いていると、頭を上げたフラン嬢が本音と思われる話を始めた。
「トリーシャ様の今回のやり方は、正直あまりにも無礼だと思っておりました。本来でしたら、他国からいらしたエルノーチェ様は来賓に近い存在なので、トリーシャ様が皆様に紹介することが筋でした。ですが、何一つそれに該当することをされなかったのです。それが原因で、今回エルノーチェ様が参加されていたことを知らなかった方もたくさんいらっしゃいます」
感情的に告げる姿は、まるで怒っているように見えた。今度はラノライド嬢が続きを語り始める。
「取り巻きとはいえ、私達はルウェル侯爵から頼まれたお付きでもあります。止められなかった私達にも責任がございます。ですので、今回の非常識な対応について謝罪をしに参りました。重ねてお詫び申し上げます」
まさかこんなに丁寧な対応をされると思っていなかった私は、どうしていいかわからず固まってしまった。
(シェイラとエリンが渡してくれたリストには、彼女達はルウェル嬢の付き人としか書かれてなかった)
もしかしたら、私がレイノルト様に頼んで抗議をだすと恐れての行動かもしれない。彼女達には非がないと思った私は、二人を安心させるためにも、謝罪を受け取ることにした。
「ご丁寧にありがとうございます。謝罪を受け取らせていただきます。なのでフラン嬢、ラノライド嬢。お二人の家に抗議などはいたしませんので、ご安心なさってください」
そう言っているのだが、二人の表情の緊張はとれなかった。これには私の言葉が足りないのかと思い、話を続けた。
「今回非があるとすればルウェル嬢であり、お二方ではありませんから。お気になさらないでください」
安心してもらおうと微笑みかける。すると二人は再びお互いを見つめあって、こくりと頷きあった。
「エ、エルノーチェ様。謝罪をする立場である我々が言えることではないと思っておりますが」
「……はい」
ラノライド嬢が緊張しながら、でもはっきりとした声で話し始めた。
「もし、よろしければ。私達はこれから、エルノーチェ様と親交を深めさせていただきたいです」
「ご検討いただければと思います」
ラノライド嬢の言葉に、フラン嬢も続けて声をだした。
本当に予想外だったことに、私は混乱してしまった。
(じ、人脈ができるのならそれに越したことはないけど……でも、二人はルウェルは嬢の取り巻きで。えぇと? どうしたら良いのかしら。いや、断るべきよね)
そう答えにたどり着くのと、ラノライド嬢が口を開くのは同時だった。
「私達は、これを機にトリーシャ様のお傍を離れようと思っております」
(!!)
「ずっと悩んでいたことなのですが、今回の行動は無視することができなかったので」
二人の雰囲気からは、あまり嘘のように見えなかった。そして、発言からは覚悟が見えた。
(ルウェル嬢は侯爵令嬢で、二人は子爵令嬢。離れることになれば、間違いなくルウェル嬢から反感を買うでしょうね)
だからこそ、二人の言葉は私の方に付きたいという意思表示に思えた。
二人が自分達の意思で私を選んでくれたのなら、その手を振り払う理由はない。私はその思いが伝わるように、真剣な声色で告げた。
「……是非とも、これから仲良くさせて欲しいです」
「「!!」」
その答えを待ち望んでいたのか、二人の表情は一気に明るくなった。
「ありがとうございますっ」
「ありがとうございます……!」
二人は嬉しそうに頭を下げては、感謝の声をこぼした。その声色は切実だったことを表しているように感じた。
(……私にできることな気がしたから受け入れたけど……これはルウェル嬢と対立になるかしら)
少し先の未来を見据えながら、どう立ち回るべきか一度整理する必要があると考えた。
「エ、エルノーチェ様。これから私達、精一杯頑張りますっ」
「何でもお役に立つので……!」
(……私はそう言う関係は望んでないかな)
苦笑しながら、二人に思いを伝えた。
「お気持ちは嬉しいのだけど、私は貴女達を付き人にするつもりはないの」
「えっ!」
「そ、そんな……」
「できれば対等に。友人になっていただけると嬉しいわ」
「「!!」」
フラン嬢とラノライド嬢の様子を見るに、帝国の令嬢方にはびこる身分の意識は相当に強いように感じた。
「で、でも……私達は子爵令嬢です」
「エルノーチェ様は公爵令嬢で、それに加えて未来の大公妃ではありませんか」
(言いたいことはわかる。けど私にも言い分がある)
苦笑は取れることなく、けど穏やかに話を始めた。
「お二方の言いたいこともわかります。ただ、私はお二方の言っているほど素晴らしい人間ではありません。あくまでそれは肩書きで、私が凄いわけではありませんから」
「「……」」
「もしよければ。へりくだらずに、ありのままで接していただけると嬉しいです」
私は威張りたいわけでも、駒のような人材が欲しいわけでもないから。でもその考えは押し付けすぎずに、そっと伝えるのだった。
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