第195話 あの日の上書きを



 

 パートナーなのだから踊るのは当然のことで、この誘う姿に疑問を浮かべる貴族が、もしかしたらいるかもしれない。


 けど、この誘い、言葉、状況は、私達にとって更新が必要なものなのだ。


 それを理解している私は、これ以上ない満面の笑みで手を取った。


「喜んで……!」

(本当に思ってますからね!)

 

 心の中で補足のように念押しして告げると、レイノルト様は思わず吹き出してしまった。


「ふっ、ははっ」

「そんなに面白かったですか?」

「えぇ。面白くて……愛らしくて」


 目を閉じながらくしゃりと笑う姿は、とても楽しそうに見えて、責める気など微塵も起こらなかった。


 そんなことを考えながらも、あの日の自分を思い出して、視線をそらさずに笑みを浮かべた。


「今日は存分に話しかけてください。絶対足は踏みませんから」

「それは……とても嬉しい申し出ですね」


 にこり、というよりにやりに近い笑みで笑い合うと、ちょうどダンスの時間が始まった。


 レイノルト様のエスコートで、ホールへと向かっていく。

 間もなく音楽が始まり、私達もそれに合わせて踊り始めた。


「レティシア……とても上手になりましたね」

「本当ですか?」

「えぇ。以前もお上手でしたが、今日はそれ以上かと。練習されたんですか?」

「はい。……以前も、足を踏まないように踊ることは集中すればできました。ただ、そうするとレイノルト様とのお話を楽しめないので」

「レティシア……」


 自分の願望のために、練習に励んだ。その答えを嬉しそうにレイノルト様は噛み締めてくれた。

 

 私達がこうしてパートナーとして踊るのは、これで二回目。


 一回目はセシティスタ王国での建国祭。あの時は、まさか目の前の人と婚約するとは思っていなかった。むしろ避けることばかり考えて、邪険にすらしたと思う。


 それをお互いが覚えているから、このお祝いの場で上書きをしているのだ。


「……あの日が懐かしいですね」

「えぇ。それにしてもレティシア。よくあの日に、自分が何を考えていたかを覚えていますね」

「実はレイノルト様の身分を知ったのがあの日の夜で。とんでもない不遜な態度を取ったと、後悔した記憶が今でも鮮明に覚えているからかもしれないです」

「ふふっ」


 この反応を見るからに、レイノルト様の方も私の言葉を全て覚えていそうだった。もちろん心の中までも。


「あの日は本当に楽しかったです」

「本当ですか? 絶対気分を害したと思っていたのに」

「それは少しもなかったですね。レティシアという人が魅力的で、ますます目が離せなくなった日ですので」

「無礼な小娘ではなく?」

「ぷっ…………」


 本心をそのまま口から出しただけなのだが、レイノルト様からしたら笑いのつぼを押されてしまったようだった。ただ、この場で声を出して笑うわけにもいかず、何とか耐えている顔だった。


 滅多に見ないその表情に、良いものを見たという満足感は浮かんだものの、さすがに堪えすぎる姿に心配の感情が大きくなってきた。


「だ、大丈夫ですか?」

「……えぇ、何とか」

「……そんなに面白いことを言った自覚がないのですが」

「ははっ、そこを含めて私の大好きなレティシアですね」

「???」

(駄目だ、理解できない世界なのかも)


 頑張って考えようとしたが、悲しくも答えにたどり着くことができなかった。それを察したレイノルト様が優しく教えてくれた。


「普通は自分のことを無礼な小娘とは言いませんね。というより考えないと思います」

「そ、そうなんですか?」

「はい。……レティシアは昔からそうだったんですか?」


 昔。それは前世のことを恐らく指していた。


「そうですよ。自分の発言とかで、これ生意気だったなぁとか、失言だ……とか思うじゃないですか」

「……それもあまりないかもしれないですね」

「えっ……そ、それと同じことなのですが……」


 予想とは違う返しに、私の説明が覚束なくなる。

 私の言葉は行き場をなくなり、動揺しながら自分で飲み込むことになり、勢いをなくしておどおどする姿を見せてしまうことになった。


「!?」


 気持ちが困惑する間もなく、次のステップでいきなりレイノルト様の方にぐっと引き寄せられる。


「レティシア、その表情は駄目です。保護案件ですよ?」

「す、すみません」

「私の前だけにしてくださいね?」


 耳元でささやかれたかと思えば、甘い声が次々と降ってきて赤面してしまった。


「こ、こんなみっともない表情は普段しません……!」


 慌てて熱を沈めようと、目をぎゅっと閉じて返答した。少しだけ間を開けると、レイノルト様は話を戻した。


「レティシアの考え方はとても素敵です。ただ、それが普通でないというには、普通は貴族の矜持があるからです。もちろん、レティシアが皆無だと下げているわけではありませんよ?」

「ありがとうございます」 


 レイノルト様が何が言いたいのか、少しずつわかってきた。


「その矜持が高すぎる故に、過ちを認められない者が多いですから。自己反省はもちろん、そこまでたどり着けない者がほとんどかもしれません。もちろん全員がとはいいませんが……」

「……確かに、そんな気がします」


 そう答えると同時に曲が終わった。


「だからレティシアのような考え方ができるのは、とても貴重で、誇るべきものですね」


 向かい合って止まると、優しく頭を撫でて溶けるほど甘い眼差しで微笑んでくれた。


「ありがとうございます。大切にしますね……!」


 その笑みに胸が高鳴りながらも、嬉しい気持ちをそのまま笑顔にのせて届けた。

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