第196話 染みついた習慣




 こうして無事に婚約披露会は終了した。


 一つの大きなイベントを終えたことに肩の荷が下りて、気持ちに余裕が生まれていた。

 レイノルト様と二人、労る言葉を掛け合いながら今日はゆっくりと休むことにした。


 シェイラとエリンは暖かく迎えると、あっという間に着替えや就寝準備を済ませてくれた。

 シェイラが有能なのはもちろん、最近はエリンの成長速度もなかなかに凄く、一人前と言えそうな所まできていた。


 ベッドに横になって目をつむれば、眠りにつくのに時間はかからなかった。








 翌朝、目を覚ますと、なかなかに晴れやかな気持ちで起きることができた。

 

(……早起きの癖がでちゃった)


 時々、体が働いていたあの頃を思い出して、朝になると自動的に目が覚めてしまうことがあった。

 ラナには身に染みついた結果だと褒めてもらったことがある。


(疲労よりも終わった安心感が勝ったみたい。よく眠れた)


 すっきりとした寝起きだったため、二度寝をしようとは思わなかった。

 ベッドを下りて、カーテンをそっと開けると、ちょうど日が昇ってくる時間だった。


(綺麗な庭園……レイノルト様とのお茶会は外でもいいかもしれない)


 約束を思い出しながら、ふふっと微笑んだ。

 部屋を見渡すも、誰もいない。大公城に来てから初めての早起きだったため、シェイラとエリンは私がまだ眠っていると気を遣ってくれている気がした。


(二人が来るのはまだまだ後だろうな)

 

 ぐっと伸びて部屋の中を歩きながら、何をしようか考えた。すると、昨日読みきれなかった手紙が目に入る。


(……そうだ、手紙! 読んでお姉様達に返事を書こう)


 部屋の中に用意された机に向かうと、椅子に座って手紙を読み始めた。


「……ちゃんとそれぞれに返信しないとね」


 ベアトリス、リリアンヌ、カルセイン、ラナ。それぞれが便箋にびっしりと文字を書いて、思いを綴ってくれた。


 手紙からは本人が言っている様子が容易に想像できて、その度に恋しくなってしまった。


(イマジナリーお姉様達じゃなくて、本人に会いたいなぁ……)


 そんな思いに更けながら、それぞれへの返事を書き始めた。

 手紙を持ってくる時に、いつでも返事を書けるようにとエリンが書くものを用意しておいておいてくれた。

 それを使いながら書き進める。


 しばらく経つと、部屋の扉がゆっくりと開いた。


「失礼しま……!!」


 扉を開けたシェイラと目が合うと驚き固まられてしまう。


「おはようシェイラ」

「おはようございます……! お早いお目覚めですね」

「えぇ」

「エリンはもうじき来ます」

「わかったわ、ありがとう」


 挨拶を交わすと、しっかりと切り替えて足早にこちらへ向かってきた。


「お嬢様……」

「ん?」

「もしかして眠れませんでしたか? 何か婚約披露会で嫌なことでも」


 早起きの裏事情を知らないシェイラは、心配そうに尋ねてくれた。


「ううん、大丈夫よ。ぐっすり眠れたから安心して」

「本当ですか……」

「えぇ。くまはないでしょう?」

「確かに。相変わらずお綺麗です」

「シェイラもね」

「……! もったいないお言葉です」


 少し照れたように笑う、希少なシェイラを目にできた。思わず口角が上がると、手紙を書く手を止めた。


「遅れました……はっ! お嬢様が起きてる」

「おはよう、エリン」

「おはようございます、お嬢様!」


 そおっと部屋に入ろうとするエリンも、私を見つけると小走りに近付いてきてくれた。


 並ぶ二人を見て、真っ先に言いたい言葉が思い浮かんだ。


「シェイラ、エリン。本当にありがとう」

「「?」」

「それに、全侍女にお礼を伝えたいわ」

「……ということは、要注意人物リストが」

「えぇ、シェイラ。おかげさまで助かった」


 感謝の笑顔のまま頷くと、その途端に二人の表情は鋭いものに変化した。


「もしよろしければ、起きた出来事を教えていただけますか」

「特段大きなことはないけど、お茶会に誘われたの。出席しようと思ってて」

「どなたなんですか……!」

「お、落ち着いてエリン。トリーシャ・ルウェル嬢よ」

「「!」」


 トリーシャ・ルウェル。要注意人物に書かれていた内容としては、とにかく目立ちたがり屋で輝こうとする令嬢ということ。レイノルト様を狙ってはいないが、実家のルウェル侯爵家という高い肩書きを大層鼻高く思っており、社交界でも有名な令嬢の一人。


 実際ルウェル侯爵家の持つ力はそこそこに強く、子爵家や男爵家のご令嬢では太刀打ちができる相手ではない。だからへりくだって、取り巻きにならなくてはいけないのかもしれない。


「なにをされましたか!」

「お怪我は!」

「落ち着いて、シェイラ、エリン。本当に大丈夫だから」


 興奮する様子を見せる二人をなだめると、何があったか簡潔に説明した。


「ただ……少し無礼な態度を取られただけだから」


 ぴくりとシェイラの眉が動く。


「と言いますと」

「向こうからの挨拶がなかった程度かしらね」

「!」


 その言葉の意味がわかるシェイラが、ぎゅっとこぶしを握りしめた。エリンは疑問符を浮かべるものの、シェイラの反応を見てむっとしていた。


 ルウェル嬢の行動の問題点を一言で言えば、彼女は私を格下として扱ったということだった。



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