第193話 養われた目
並んでいる、というよりは一人が前に出て他二人は下がっているという形だった。
(……リリアンヌお姉様が言ってたな。ご令嬢というのは身分への意識が高く、肩書きの持つ力は絶対に等しいと)
もちろん国によって異なることもあるから、リリアンヌは自分の言葉は全て正しい訳ではないと添えていた。
ただそれと同時に、リリアンヌは自分の推測として、その意識はセシティスタ王国よりもフィルナリア帝国の方が強い気がすると付け加えていた。
(低い身分のご令嬢は、決して高い身分のご令嬢の許可が出るまで前に出てはいけないという暗黙のルールがあるっていうのは……どうやら本当みたい)
「ごきげんよう、ルウェル嬢」
姉達仕込みの洗練されたカーテシーをしながら反応をした。
主格として現れたのは、ルウェル侯爵家のご息女トリーシャ嬢だった。ルウェル侯爵家とリーンベルク大公家の繋がりは何かと問われれば、特段挙げられるものはない。
「……フラン嬢、ラノライド嬢」
一息だけ置くと、他のご令嬢二人にも視線を合わせて名前を確認した。
挨拶をするのはもちろん、視界に入った三人のご令嬢に対して。
だがその対応が気に入らなかったのか、一歩下がって待機していた彼女達の名前を呼んだ瞬間、明らかにルウェル嬢の顔が歪んだ。
下がっていた二人自身も、名前を呼ばれると思っていなかったのか、驚いた表情をしていた。
「「ご、ごきげんよう」」
慌ててカーテシーをする二人のご令嬢は、どちらも子爵家のご息女だった。
「……まぁ。名前を覚えていてくださったんですね」
「もちろんです」
(きっと、この言葉は自分のことを指してはないでしょうね……)
意訳になるかもしれないが、声色からはまるで“こんな身分の令嬢の名前までわかるなんて”という思いが感じ取れたのだ。
何か用があって呼び止めたのだろう、そう思って相手の言葉を待っていれば何故か沈黙ができた。
「……何か私にご用でしょうか?」
向こうから口を開く様子が無いことを確認すると、あくまでも笑みを浮かべて優しい声色で尋ねた。
「はい。もしよろしかったら、三日後私の家で開かれるお茶会に来ていただければと思いまして」
「お誘いいただきありがとうございます」
「いえ、当然のことですわ」
まだ行くと返事をしていないにも関わらず、ルウェル嬢は前向きな答えを受け取ったと言わんばかりの反応だった。
「エルノーチェ嬢は帝国に来て日が浅いでしょう? 帝国のことに関して色々と教えられるかと思いまして」
「……お気遣いいただきありがとうございます」
「ふふ、いえいえ」
優雅な雰囲気を装いながら、配慮の姿勢を見せられた。
「……では、私はこれで」
「ええ、お待ちしていますわ」
ぺこりと小さく会釈をすると、そのままお義母様達の元へ足を運ぼうとしたが、進んだ所で名前を呼ばれた。
「レティシア、お待たせしました」
「レイノルト様、お早かったですね」
「本当にちょっとしたことでしたので」
「それなら良いのですが」
振り向かずとも声の主はわかっていたため、隣に来てくれるまで動かなかった。
「ところで……」
「?」
間を空けると、耳に近づいて小さな声で尋ねた。
「大丈夫でしたか?」
「……えぇ」
貼り付けた笑みで見上げると、すぐさま心の中で報告を開始した。
(とても素敵なご令嬢でしたよ)
端から見れば、ルウェル嬢は典型的な身分を重んじる侯爵令嬢となるだろう。だが私の目にはそう写らなかった。
私は皮肉を込めてその言葉を選んだ。
(……お茶会に招待されたので、三日後行って参りますね)
「!」
行くのかという驚いた反応を一瞬見せられたが、姉の教え通りなら、誘われたお茶会は基本的に行くべきなのだ。
良くも悪くも社交場には出会いがあるから。
(ご心配なさらないでください。私も帝国のご令嬢方と交流を持たないと)
その意思を伝えれば、レイノルト様はわかったという表情で頷いた。
心配をさせないためにあまり詳しく伝えなかったが、このお茶会は私の今後を決めると言っても過言ではないほど、大きな出来事だと思っている。
お茶会は言わば女性の社交場でありコミュニティ。ここから彼女達が好む話題の種は生まれるのだ。
帝国にある大公家を除く三つの公爵家のご令嬢方が来るかまではわからないが、ルウェル嬢のお茶会での振る舞いについては耳に届くことだろう。
(……私も人脈作りを頑張りたいと思います)
帝国の社交界で生きていくためにも、人脈作りはかかせない。
現場の雰囲気や声を知るためにも、お茶会という機会を無駄するわけにはいかない。
そう胸に刻むと、三日後に行く事になったお茶会にむけてできることをやろうと決めた。
その影響で、ルウェル嬢の姿が思い出される。
とにかく今言えるのは、シェイラ達が作ってくれたリストが役に立ったということである。
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