第192話 不穏の足音
会場に入ると、想像以上に祝福よりの雰囲気でほっと胸を撫で下ろした。二人で正面階段をゆっくりと下ると、拍手で迎えられた。
主役である私達が登場すると、さっそく貴族達による個人挨拶が始まった。
本来であれば挨拶をしに回りにいくのだが、レイノルト様が王族であるため、身分は下になる彼らから挨拶をしに、足を運ぶ形となった。
当然最初はお義母様達であった。
「レイノルト、レティシアさん。婚約おめでとう」
「おめでとう、二人とも」
先王……もとい義父様と義母様の順で祝辞をいただく。
実は義母様とお茶会を終えた後、義母呼びを聞いた先王が自身も似たように砕いた呼び方をしてほしいと言われたのだ。
緊張しながらも微笑ましく感じた私は、少しだけ義父様とも距離を縮めた。
「レティシアさん、いつでも相談にのるからね」
「ありがとうございます、お義母様」
「またお茶会しましょうね」
「今度は是非、大公城で」
「まぁ、とっても嬉しいわ」
お義母様の微笑みはとても和やかな雰囲気で、残っていた緊張をすっかりほぐしてくれた。
他にも装いを褒めてくれたり、この後の挨拶に関して力を抜くよう助言をもらうと、挨拶を終えた二人を見送った。
レイノルト様が何か言いたげにこちらを見つめており、一体なんだろうと首をかしげて尋ねた。
「どうかされましたか?」
「……いえ、随分と母と親しくなったのだなと」
「お義母様がとてもお優しいので」
「それは良かったです」
いつもと比べて作られたような笑みからは、口にだした言葉以外にも思いが隠れているような気がした。
(……?)
感じた違和感の正体を見つけようと考え込むと、何となく答えにたどり着いた。
「レイノルト様」
「はい?」
「まずは二人でお茶会をしましょうね」
「……!」
作られた笑みの裏側には、しゅんとしているレイノルト様の感情が少しだけ見えた気がした。その直感を頼って答えを出すと、無事にあっていたようだった。
「レティシア……最高すぎる提案です」
「ふふ。私はレイノルト様第一ですから」
「! ……レティシア、抱き締めてもよいですか?」
「今は駄目です。わかってて聞いてますよね?」
「わかりました。後で存分に抱き締めます」
「……」
次の貴族が来るまでの間、いつもと変わらないやり取りをしていた。
ライオネル陛下とシャーロット王妃殿下は、仕事の都合で到着が遅れるとのことだった。そのため、二人を除いた貴族達から祝福を告げられた。
決して警戒されることなく、尊重された眼差しを向けられ続けて、かえって不安になるほどだった。どの貴族も歓迎してくれる様子で、気が付けば自然と笑みがこぼれていた。
最後に挨拶をしに来たのは、見覚えのある人物だった。
「おっ、めちゃくちゃ似合ってるな、姫君」
「ありがとうございます」
「なんだ、来たのか」
テンション高めに登場したリトスさんは、満面の笑みで褒めてくれた。
「相変わらず冷たいぞレイノルト。安心しろ、お前も今日は一段とカッコいいから。まぁ、姫君の輝きには負けるけどな」
「そんなこ」
「当たり前だ」
私が否定し終えるよりも先に、食い気味にレイノルト様が同意した。反射的に苦笑いが浮かんだが、二人はそれを気にする様子は少しもなかった。
少し体を後ろに倒しながら、私達の全体図をリトスさんは視界におさめた。そして満足そうに呟いた。
「……本当にお似合いだ。良かったな、レイノルト」
「あぁ」
友情の目線を交わす二人に、こちらまで胸が暖かくなった。
「ところでその……二人で主役の所申し訳ないんだが、レイノルト。少し話せるか?」
「断る」
「いや、わかる。わかるぞ。だがな、少々急な話で」
リトスさんからは、微かな焦りの様子がが見えた。
「レイノルト様、リトスさんで挨拶は最後ですよね?」
「そうですが……」
「それなら大丈夫です。少しの間でしょう? いってきてください。私はお義母様達の元にいますから」
「……わかりました。何かあれば周囲の使用人に言ってください」
「もちろんです」
寂しげな瞳をしながら、頷くレイノルト様に少しだけ思いを足して告げてみた。
「ダンスが始まるまでには戻ってきてくださいね」
「……必ず」
嬉しそうな笑みへと変わってつよくうなずかれると、リトスさんと二人で少しはなれた場所に向かう姿を見送った。
私は会場を見渡して、ちょうど反対側にいるお義母様とお義父様をみつけた。
(あ、いらっしゃった! よし、……移動しよう)
一人でいるには心細い上に、見栄えも悪い。体裁ほどにはいかないが、配慮に越したことはないので、ほんの少しだけ急ぎ足で向かった。
「エルノーチェ嬢」
その途中、突然ご令嬢に声をかけられて呼び止められる。
(誰だろう……?)
不思議に思いながら声がした方へ振り向けば、そこにはご令嬢が三人ほど並んで立っていた。
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