第191話 迎えた当日




「お嬢様……とってもとってもお素敵です!!」


 エリンの感激する声が部屋に響いた。鏡を改めてみれば、披露会に向けて着飾った自分がいた。


「えぇ、このドレス本当に素敵」


 ドレスはレイノルト様に用意していただいた。今回は、細かな場所まで作り込まれたお揃いの衣装である。


(レイノルト様はさすがのセンスだわ……)


 私の好みはもちろん、着る者を引き立てるデザインを探すのがお上手だった。


「いえ、お嬢様が輝かれているかと」

「そうです! いつもそうですが、今日は特に誰よりも発光されているかと!」

「ふふ、ありがとう」


 シェイラとエリンの二人が、たくさん褒めてくれた。おかげで気持ちは落ち着いており、緊張しすぎないで済んでいた。


「……では、行ってくるわ」

「「いってらっしゃいませ」」


 レイノルト様が迎えに来る時間になったので、二人に笑顔を向けながら頷いた。綺麗なお辞儀で送り出してくれる姿は、不思議と力をもらえた。


 扉を開けて出れば、こちらに向かってくるレイノルト様が見えた。


「レティシア。お待たせしました」

「今扉を開けたところですから」


 笑顔を向けあうと、レイノルト様は眉毛を下げて困り顔をした。


「……困りましたね、レティシアが美しすぎて……その姿を私だけが独占したいほどです」

「なりませんよ。今日は御披露目会、ですから」

「わかってはいるのですが……欲が出てしまいます」


 さらりと手を取ると、愛おしそうに反対の手を腰へ回した。


「せめて……私以外の男とは踊らないでくださいね?」


 私の手を自分の口元に持っていきながらそう告げた。

 熱い視線と仕草に胸が高鳴りながらも、反射的に笑みを浮かべて反応した。


「それは私も同じ思いですよ。レイノルト様も本当にお素敵です……なので、他のご令嬢とは踊らないでください」


 目線を一瞬下げてから、自分からのお願いは目を合わせながら伝えた。身長的に上目遣いになってしまうが、そんなものはお構いなしに切実な思いを届けた。


「レティシア……」


 同じ思いだったことが嬉しかったのか、普段よりも増した甘い声色で名前を呼ばれた。


「お約束いたします」

「約束ですよ?」

「もちろん。決して破りませんから」

「私も破りません。絶対に」


 見つめ合いながら約束を交わすと、お互いに満足そうに微笑んでエスコートに移った。

 今回も手ではなく、レイノルト様の差し出した腕に手を回す、接近型のエスコートだった。


 あれからこのエスコートが多く、慣れには慣れたものの、やはり少しだけドキドキするのは嬉しいからだと思う。


「緊張していますか?」

「……少しだけ。ですが、レイノルト様と一緒ですので、大丈夫です」


 会場への入場口まで到達するのに、緊張は間違いなく強くなっていた。けど、いつも以上にレイノルト様との距離が近いからか、安心感も同じくらい胸にあった。


「嬉しいです。レティシアの役に立てているなら」

「充分すぎるほどですよ。……私も何か返せたらよいのですが」

「……」


 レイノルト様にとっては見知った顔がほとんどである上に、元々の身分もあって緊張はすることはないだろう。それ故に、私ばかりがもらっている気がして、少し申し訳なかった。


 その思いを口にすれば、レイノルト様は立ち止まった。


「?」

「レティシア」

「はい」

「……実は、私も凄く緊張しているんです」

「……そうには見えませんが」

「顔に出さないように必死で」

「……そう、ですか?」


 あり得ない言葉に怪訝な声で反応してしまう。


 そう言う割には、レイノルト様の笑顔はいつも通りのものだったのだ。一体何を言い出すのだろう、という不思議な思いで顔を見れば笑みを深めながら言われた。


「レティシア、緊張を緩和させてもらっても良いですか?」

「……もちろん」

(私が何かするのかな……?)


 話の流れから、私に拒否権はなかった。


「では」

「!」


 まるで確認はとったと言わんばかりの表情が一瞬見えると、エスコートの腕は消えて、代わりにその腕は腰に回っていた。


 髪に施された装飾が崩れないように、配慮をしながらぎゅうっと抱き締められた。


「レ、レイノルト様っ」

「レティシアを近くに感じると落ち着くんです」

「先程までのエスコートでも充分じゃ」

「もっとです。近いに越したことはありませんから」

「それは屁理屈……」

「レティシア、大好きです」

「!」


 耳元で優しい声が呟くように聞こえる。何とか制そうとするものの、甘い攻撃に反論する力を奪われてしまう。


「それに……こうすれば、緊張も消えるでしょう?」

「別の意味で胸が緊張します……!」

「ふふっ」


 返答に満足したのか、ようやくすっと離すと、ほんの少しだけ動いた装飾を元に戻していた。

 抗議の目を向けるものの、笑顔で躱されてしまった。しかし緊張がほどけたのは事実なので、強く言う気力は浮かばなかった。


「……レイノルト様も」

「ありがとうございます」


 動いてしまった襟元を正しい配置に戻すと、服装全体を見て確認を済ませた。


「では行きましょうか」

「……」


 それまで以上に発光する笑みを向けられると、思わずため息をつきたくなった。


 しかしそれも含めて好意的な感情が勝ってしまったため、仕方ないと言う笑みを浮かべて再びエスコートの腕に手を伸ばしたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る