第186話 やって来た婚約者様(シェイラ視点)




 大公城に新たな住人がやってきた。生涯恋愛はしないだろうと断言されていた城ノ主は、まさかの婚約者を連れてきたのだ。


 その報せが大公城へと届いた時、城内は騒然としていた。一体何の冗談だと慌てる者、大公殿下が遂におかしくなったと嘆く者、手紙の差出人を何度も確認する者などと、誰一人として一度で受け入れる者はいなかった。


 それもそのはず。


 大公城で仕えていてもいなくても、誰もがリーンベルク大公殿下は女性を寄せ付けないことで有名だった。年齢は二十を超えても婚約をする気配はなかった。むしろ送られてきたお見合いの話は、釣書を一目も見ずに全て問答無用で断ったとも聞く。


 城で仕えていればそれは噂ではなく事実であることを目の当たりにするため、ますます大公殿下への結婚拒否の印象は深まっていた。


 とにかく結婚及びに婚約の二文字からはかけ離れた方だった。


 それなのに、婚約者ができた。しかも他の国で。


 到底信じられるような話ではなかった。城に仕える人間でそうなのだから、実兄であられる陛下はもっと疑ったことだろう。

 

 報せが届いてすぐに、自らの目で確かめに行くとわざわざ大公城の人間に告げてから他国へと旅立った。


 一同は安心して見送ると、それで終わりだと思っていた。それには婚約話は何かの手違いだろうという思いが根底にあったことが関係する。


 だからこそ、誰一人として陛下の報告でさえ一度で理解できなかったのだ。


 しかしさすがに陛下が嘘をつく理由もなく、その上嬉しそうに報告する姿からは真実だと知らしめられた。


 それからというもの、他国から届く大公殿下の指示に従い、存在するか不明の婚約者様のための部屋を準備し始めたのだ。


 存在すると確信して行っていたのは、一人もいなかったと思う。その頃だった、婚約者様の専属侍女が決まったのは。


 侍女長に能力を買ってもらい、選んでいただけたのは本当にありがたかったが、喜びはわけなかった。いるかわからないことが大きかったと思う。


 そして帰国の連絡が来ると、皆緊張して出迎えに備えた。


 馬車が到着すると我らが主人、大公殿下が姿を現した。それに続くように、本当に現れたのだ、婚約者様が。


 初めて見た印象は、ひたすら美しいという感情。可愛らしさとどちらも感じさせる完璧な顔立ちは、大公殿下と並んで遜色ないほどお美しいお顔立ちだった。


 だがそれと同時に、怖くもなった。一体どのような人なのだろうと。

 

 恐れていたのは私だけではなく、城に仕える者全員だった。


 しかしその不安は杞憂だったとすぐに判明したーーーー。



 



 婚約者への挨拶を済ませ、一日の仕事を終えると侍女室へエリンと共に戻る。すぐさま侍女達に囲まれ、問いただされた。


「シェイラ! どうだった? 婚約者様は!」


 普段は客人にたいしてこのような言葉を咎める侍女長さえも、耳を澄ませてこちらを静かに見つめていた。


 部屋の中にいる全ての侍女達から視線を集めると、私は一呼吸しながら答えた。


「……最高だった」

「「「「「!!」」」」」


 そう告げた私の言葉に同意するように、後ろに立っていたエリンは勢い良く何度も頷いた。


「私のような仕える者に対しても、決して大きな態度を取らず……むしろ丁寧な対応をしてもらえたわ」

「丁寧な対応……」

「ええ。最初だからと敬語まで使っていただいて、こちらの胸が痛くなるほどだった」

「侍女相手に!?」

「それに……」


 そう言いかけると、室内の侍女達がごくりと息をのむ音が聞こえた。


「私達の仕事を当たり前のように手伝ってくださったの。丸投げなどせずに、一緒に荷解きをしたわ。その上途中でいなくなってしまう時は、申し訳なさそうに頼んでくださった……お嬢様は天使様よ」

「「「「「「!!」」」」」」


 そう、本当に天使のようだったのだ。


 警戒も不安も恐れも、何一ついらなかったと思えるほど。

 私はそこそこ自分に人を見る目があると思っており、侍女達もそれを理解している。そんな私から見ても、婚約者ーーお嬢様に裏表があるように見えなかった。


 あまりの衝撃で一瞬静まり返ると、侍女長が嬉しそうに呟いた。


「……大公殿下は、本当に素晴らしい方を迎えたようですね」


 そこで私達は気が付いた。


 あの大公殿下が選んだ女性なのだ。天使なのは当たり前だろう、と。負の感情を抱いていたこと自体失礼だったと思うと、それ以降はお嬢様のためにさらなる尽力をすると心に決めたのだった。


 それからというもの、お嬢様の株は上がり続け、皆から慕われている。もちろん本人はあまり感じていないようだが、その点まで含めて侍女達は好意的な視線を向けている。


 今ではお嬢様の専属侍女になりたいと言い出す侍女が後をたたないほどだ。

 もちろん、この座を誰かに譲るつもりなどないが。


 それほどまでに魅力的で素敵な主に出会えたことが、私の人生で最大の幸運だと思う。



 

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