第187話 変わらない公爵家(ラナ視点)




 お嬢様がフィルナリア帝国に旅立たれて早くも二週間が経とうとしていた。


 寂しく感じるだろうと不安に思っていたが、お嬢様と交換した思い出の品のおかげで、何とか持ちこたえていた。


 お嬢様がいなくなってしまった今、私はベアトリスお嬢様の身の回りのお世話を担当している。


「……レティシアは向こうでいじめられてないかしら」


 書斎でぽつりと呟くベアトリス様は、ここ数日同じことを毎日言っていた。今は休憩中で、リリアンヌ様と二人お茶をしていた。


「大丈夫ですよ。あの子は十分強かになりましたから」

「……リリアンヌは心配でないの」

「そうとは言っておりません。ただ、レティシアを信じているだけです」

「私だって……信じてはいるけど、やはり異国の地は環境が全く異なるでしょう。向こうの人達の価値観だって。……だから不安なのよ」


 ベアトリス様の思いは痛い程わかる。ただ、私はリリアンヌ様よりの思考で、あのお嬢様なら上手く関係を築けると考えていた。


「……やっぱりあと二年は送り出さない方が良かったかしら」

「それはさすがに過保護というものですよ。ねぇ? ラナ」

「そう思います」

「う……」


 瞬時に反応すると、こくりと頷いた。

 基本的にはベアトリス様の不安思考と、リリアンヌ様の信頼思考は対局にあるため、会話は平行線になってしまい、お互いが同感することはない。


「というか。お姉様はそろそろ見つけてください、婚約者」

「うっ、げほっ、げほっ」


 お茶を飲んでいたベアトリス様は、予想外だったのか蒸せてしまう。


「もう結婚適齢期は終わりかけてるんですから」

「私が結婚しなくても、問題ないでしょう」

「大有りです。お姉様が婚約者を見つけようとしないから、お兄様の都合の良い言い訳になってるんですよ」

「そ、それとこれとは話が」

「違いません」

 

 いつも以上にピシャリと言い放つリリアンヌ様には、最近さらに貫禄が見えるようになってきた。


「社交界ではすっかり私達の悪評はなくなりましたから、動いても問題ありませんよ」

「わかっているけど……」

「お姉様。恋愛に興味がないのなら、片っ端からお見合いでもしますか?」

「それは遠慮するわ。……うちに申し込む者にろくな人はいないでしょう」


 全くもってその通りで、実際に最近ベアトリス様宛に釣書を送ってきたのはキャサリンお嬢様の信者であった人がほとんどだった。


「確かにそうですね。では恋愛をしますか?」

「……私にできると思っているの?」

「ラナ、どうかしら」

「……答えにくい質問を私に投げないでください」


 仮にも仕える身だというのに、お嬢様といい、リリアンヌ様といい、ベアトリス様といい、この家のお嬢様方は侍女への距離が驚くほど近い。もちろん関係が構築できていればの話だが。


「まぁ……何とかするわ」

「急かしていますが無理はなさらずに、ですよ?」

「えぇ、約束する」


 弄ったりしても、結局は大切だと言う思いが勝つのがベアトリス様に対するリリアンヌ様の特徴だと思う。


 話に一区切りがつくと、良いタイミングで部屋のノックが鳴った。


「カルセインです、失礼します」


 現れたのはカルセイン様と、お嬢様の護衛騎士だったモルトン様。


「あら。随分早い帰りね」

「……そんなことは」

「陛下に働きすぎだと言われて帰されたのです」

「ルーカス様……」


 言い淀んだカルセイン様の代わりに、モルトン様が答えた。


「……? リカルドから今忙しいとは聞いていませんが、不測の事態でもあったのですか」

「いや……」

「何よ、はっきり言いなさい」


 またも口ごもるカルセイン様に、ベアトリス様がじとっと見つめた。


「……レティシアがどうしてるか気になったのですが……気にしても仕方ないと思って仕事に打ち込んでいただけです」

「「!」」


 カルセイン様の返答にお二方が同時に驚くと、話は再びお嬢様のことへ戻っていった。


「やっぱり気になるわよね」

「なります」

「お姉様もお兄様も心配しすぎですよ」

「なんだ。そういうリリアンヌこそ、この前家族の肖像画を長らく眺めていただろ」

「えっ」

「お兄様の見間違いですわ」


 思わぬ告発に固まるベアトリス様。気にもせずに流すリリアンヌ様だが、カルセイン様の話は嘘ではなさそうだ。なぜならカルセイン様がそのような嘘をつくメリットがないのと、そもそも嘘は滅多につかない方だから。


 リリアンヌ様とカルセイン様のにらみ合いが始まりそうになると、ベアトリス様が目線でどうにかしてと訴えてきた。 


 仕方なく咳払いをした。


「取り敢えず……そこまでご心配でしたら、手紙を書かれてはいかがです? お嬢様は必ず返事を書いてくださると思いますよ。さすがにもう書いて良いと思いますし」

「そうしましょう!」

「「!」」


 ベアトリス様が一番食い付くも、リリアンヌ様とカルセイン様も思い出したようにこちらをみつめた。


 手紙を書くと言っていた筈なのに、すぐに書かなかったのは色々な配慮あってだが、そろそろ書いてもおかしくはない時期だろうと判断しての発言だった。


 お嬢様。お元気ですか? エルノーチェ公爵家は変わらず賑やかです。どうかお嬢様も寂しい思いをしていませんように。

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