第184話 近付く不吉な影





 大公城に来て、数日が経っていた。レイノルト様からは環境に慣れるようのんびりと過ごすように言われた。


 レイノルト様はと言うと、溜めていた仕事を片付けなくてはならないようで、忙しそうにしていた。それでも毎食忘れずに一緒に食べてくれたり、二人の時間を取ってくれたりと寂しくなることはなかった。


 少しだけ生活が慣れてきて、シェイラとエリンとも楽しく会話ができるようになった。そんな中、珍しくレイノルト様が部屋を訪ねてきた。


「どうなさいましたか?」

「実は今後の日程に関してお話が」


 向かい合って座ると、穏やかな口調で話し始めた。


「王城に行く日が決まりました」

「いつでしょうか」

「急な話で申し訳ないのですが、明日となります」

「わかりました。いつでも行けるように準備をしておきましたので、大丈夫ですよ」

「さすがですね」


 問題ないという笑みを浮かべながら答えた。ここ数日は時間があったので、荷物整理の後にライオネル陛下と王妃様はもちろん、レイノルト様のご両親へのご挨拶にいつでも行けるようにしておいたのだ。


「レイノルト様のご両親は今はご隠居なされてるんですよね」

「そうです。本当はレティシアにはまだゆっくりと過ごしていただきたかったのですが、紹介しろとうるさく」

「それは行かなくては。本当なら、当日行くべきものを引き延ばしていただいたものですから。もちろん、レイノルト様の暖かな配慮のおかげで、すっかりと元気になりましたよ」

「それは良かった。明日は少し大変になると思いますが、疲れたらすぐに教えてくださいね」

「はい」


 息子の婚約者が気になるのは当然のこと。明日は良い意味でも悪い意味でも注目されるだろうから、集中して臨まなくては。


「それともう一つ」

「なんでしょう」

「私達の婚約披露会を開催しようと思っています。こればかりは貴族の義務ですので、レティシアの負担にはなってしまうのですが」

「お任せください、レイノルト様。その為に姉達にたくさん叩き込まれてきましたので」

「そう言っていただけると何よりです。事務仕事は私がこなしますので、当日までゆっくりとしていただければ」


 遂に私達の婚約披露会が行われることになる。セシティスタ王国では、リリアンヌ主催のパーティーで時間を借りて行った。と言っても、主役として行うのは初めてなので、努力しようと胸に刻んだ。


 それと同時に、レイノルト様に甘やかされ過ぎてはてはいけないと本能が告げる。


「レイノルト様、よろしければお手伝いしてもよろしいですか?」

「えっ」

「事務仕事……私が将来的にやらねばならないことも多いと思いますので、是非とも教えていただければ」

「ですが」

「私は大公夫人になる身として、できることはしたいです。パートナーとして依存する形は望んでいません。支えられる存在になりたいです」

「レティシア……」


 伝えたことがなかった言葉を口に出して、本心を伝えた。その思いは無事にレイノルト様へと届いた。


「では無理のならない程度に手伝っていただけますか?」

「もちろんです!」


 少しでも役に立てる機会をもらえたことに、嬉しくて勢い良く頷いた。



◆◆◆


 


 フィルナリア帝国、とある貴族の屋敷にて一人の令嬢がレイノルトの帰国を耳にしていた。


「お嬢様。リーンベルク大公殿下がお戻りになられたようです」

「まぁ! レイノルト様が!!」


 声色からは喜ぶ様子が見受けられる。


「呑気にお茶など飲んでいる場合ではないわね。早速会いに行きましょう」

「それが……婚約者を連れてご帰国なされたようで」

「…………何ですって?」


 明るい声色は一変して低く暗いものになる。侍女は心情を察したのか、一瞬怯んでしまった。


「……相手は」

「セシティスタ王国のご令嬢だと話が流れております」

「たかだか異国の女が私のレイノルト様を……?」


 すっかりと声は怒りをまとってしまい、可愛らしさは微塵もなくなっていた。


「許せないわっ……」

「いかがなさいますか」

「決まっているでしょう? レイノルト様の隣に相応しいのは私だけよ。部外者はいるべき場所にお帰りいただかないと、ねぇ?」


 にいっと笑みを深めるご令嬢の目には、かすかな狂気が宿っているのだった。


 

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