第176話 兄からの餞別
「お疲れ様です。これだけ覚えれば充分かと」
「本当ですか」
「はい。レティシアは飲み込みが早いので、もう問題ないと思いますよ」
「……良かった」
隣に座るレイノルト様がパタンと本を閉じると、本日の授業は終了した。
教え方がお上手なおかげで、難なく帝国の知識を身に付けることができた。後は実戦のみなので、座学でできることはもう終わったと言える。
(全部終わったってことは……そろそろ出発するのかな)
姉達からの教育もあって、今ではもう帝国に出発するのに充分な準備ができた。
「……やはり、国を離れるのは寂しいですよね」
私がなんとも言えない表情をしていたからか、レイノルト様がどこか申し訳なさそうに俯いてしまった。
「確かに寂しいです、凄く」
「……」
「でも、寂しくならないように、たくさん教えていただきましたから。手紙を送る約束もしました。あと、いつでも帰ってきていいとも言われて。……遠く離れてしまっても、これだけ繋がっていれば大丈夫だと思います。きっと」
悲しげな表情など一切せずに、穏やかな笑みでレイノルト様に向き合うと、にこりと微笑んだ。
「だからいつでも行けます、帝国に」
「レティシア」
「行きましょう、レイノルト様の母国に」
頷きながら告げると、そっと手を両手で包まれた。
「セシティスタ王国には、頻繁に戻ってきましょうね」
「良いのですか?」
「もちろん、私も一緒にですが」
「それは当たり前です」
「ははっ、良かった」
柔らかな雰囲気に包まれながら、私達は出発の日取りを決めるのだった。
日にちが決まり、いよいよ国を立つことが現実的に思えて、実感がわいてくるのを感じながらエルノーチェ公爵家へ戻った。
「ただいま戻りました」
「レティシア」
「わっ」
玄関を抜けると、突然カルセインに後ろから声をかけられた。
「すまない、驚かせたか」
「少しだけ。どうされました?」
「用があってな。今部屋までこれるか?」
「大丈夫です」
何事だろうと思いながら、深刻そうな表情でないことに安心してついていった。モルトン卿に部屋の前で待機をお願いすると、兄の部屋に入った。
「まぁ、座ってくれ」
「失礼します」
軽い雰囲気を見るからに、気張らなくて良さそうだと感じ取る。兄の正面にゆっくりと座る。
「姉様とリリアンヌから聞いた。そろそろ出発できそうだと」
「はい」
「するのか?」
「実は今日、日取りを決めました。一週間後に出発しようと思っています」
「そうか……早いな」
「寂しいですか?」
「もちろん」
そう言えば前も似たようなことを聞いたな、と思いながらクスリと笑った。
「嫁入り道具等は抜いて、俺個人からの贈り物があるんだが」
「贈り物ですか?」
「あぁ」
「ありがとうございます」
カルセインはそう言って席を立つと、何やら準備していた箱と紙袋を持ってきた。
箱を私の目の前に置きながら、すすっと渡す。
「まずこれを」
「……開けてもいいですか?」
「構わない」
靴が入りそうな大きさの箱で、何となく靴かなと予想をしながら開けてみると、そこには思いがけ無いものが入っていた。
「……短剣?」
「護身用の剣だ」
「わっ、思ってたより軽い」
「女性用だからな」
目の前に現れた短剣を持ち上げてみると、私でも扱えそうな軽さだった。
「……もうあの時みたいに、お前を助けてはやれない。もちろん、向こうに行けば大公殿下や周囲の騎士が守ってくれるだろう。けど、結局最後は一人なんだ。あとレティシアは何かと一人で行動するだろ」
「お兄様、偏見です」
「姉様やリリアンヌはレティシアに色々教えてるだろう? でも俺はあまり何もできてないと思ったから、役立つものを少しでもと思ってな。まぁ、短剣に関しては使わないことを祈るばかりだが……まぁ、ともかく。用心に越したことはない、ということだ」
「……お兄様、ありがとうございます」
予想外な贈り物に驚きつつも、自分のことを考えてくれたことに嬉しくなった。心から嬉しいという笑みをこぼすと、カルセインは少し戸惑う様子を見せた。
「どうされました?」
「い、いや。贈り物と称してるのに短剣なんて渡したら文句の一つは必ず来ると職場の友人に言われてたんだ」
「あぁ、確かに」
(普通は装飾品を期待するのかもしれないわね)
カルセインのご友人の意見も一理あると思いながら、疑問の解消をした。
「私は、お兄様が私のことを考えて選んでくれた贈り物の方が良かったので。気持ちのこもった贈り物の方が好きです」
「それなら……良かった」
心底安堵する姿を微笑ましく見ながらも、残された紙袋は気になってしまった。
「ちなみに、なのですが」
「あぁ」
「その紙袋は?」
「これか。一応保険で用意したんだ。短剣だと喜ばれないと思ってたし、日々の授業の息抜きになればと思って」
そう言って取り出したのは、今城下で人気のお店のお菓子だった。
「凄い、これ食べてみたかったんです」
「それなら良かった」
「ありがとうございます、お兄様!」
「あぁ」
最近はレイノルト様の屋敷と自室での授業を行き来するだけの日々だったため、カルセインの心遣いは心に染みた。
「これで本当に寂しがってるのがわかっただろう」
「根に持ってたんですか」
「別にそこまでじゃないけど、少しな」
「ふふっ」
「喜んでくれて何よりだよ」
「大切に食べます、あと短剣も。肌身はなさず持ちますね」
「そうしてくれ」
目を合わせて心からのお礼を告げると、カルセインもその姿をみれて嬉しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます