第175話 姉たちの教え




 それからというもの、ベアトリスとリリアンヌによるスパルタ教育が始まった。


 同時にレイノルト様との授業も始まり、二つを並行した少し忙しい日々を過ごすことになっている。

 

 スパルタと言っても、どれも自分に必要な学びなので真剣に受けていた。


「良い表情よレティシア。でもね、もう少しそこに余裕を感じる笑みを加えれば品が増すわ」

「こ、こうですか」

「えぇ、そうよ。お姉様、いかがです?」

「よくできてると思うわ」

「良かった」


 鏡の前に用意された椅子に座りながら、ひたすら表情の特訓を隣に座るを行っていた。右にベアトリス、左にリリアンヌが座る。


 口元を親指と人差し指でぐいっと上にあげながら、笑顔の調節を試みる。

 

「表情は問題ない気がしますね、お姉様」

「そうね。以前の練習のお陰で、随分と表情がやわらかくなったわね」

「うんうん。昔に比べれば、種類も豊富になりましたしね」

(やった……!)


 姉二人のお褒めの言葉に、自然と口角が上がっていく。

 その様子を見ながら、リリアンヌが席を立ってなにか道具を持ってきた。


「後はお化粧かしら」

「確かに、それは大切ね」

「お化粧、ですか?」

「そうよ。私がきゃぴきゃぴしてた頃、振る舞いはもちろんそれらしく見えてたでしょうけど、パッと目にした時、顔も落ち着かない雰囲気だったでしょう?」

「は、はい」

「あれは酷かったわね」

「お姉様、お静かに」

「はいはい」

「とにかく。レティシア、それがお化粧の力よ」

(メイクか……)


 思えばメイクはいつもラナにやってもらっていた為、気にしたことが無かった。だがリリアンヌの言いたいことは凄く理解できる。前世でも、メイクの力が偉大であることは様々なところで目にしてきたから。

 リリアンヌが説明しながら広げる道具を眺める。


「今でも十分レティシアは綺麗なのだけど、さらに良くすることもできるの。と言ってもこれは場所で使い分けてちょうだい。必要ないこともあるから」

「わかりました」

「リリアンヌのような、とんでもないお化粧はどこにも使わないけどね」

「確かに」

「お静かに、二人とも」


 少しおかしく話すリリアンヌだが、それでも私たちは彼女のメイクが勲章であることを知っている。もちろん、尊敬の意を持っての言葉だということはリリアンヌ自身もわかっていることだろう。


 前世から引き継がれているのはメイクの技術のみであるため、この世界の常識等は改めてリリアンヌの話に耳を集中して傾けることにした。


 リリアンヌの話を聞きながら、早速手を動かして確かにすっぴんよりも上品な顔立ちになった。


「あら、上手ね。よくできてるわ」

「良かった」

「うちのレティシアにはお化粧の才能もあったのね……驚いたわね、リリアンヌ」

「えぇ。私が教えるまでもないかもしれませんね」

「そこまで言うほどでは」


 隣で嬉しそうに笑うリリアンヌの様子を見て思わず照れるが、ピシッと指摘が入った。


「あとはそれね」

「え?」

「その謙遜よ。謙遜はもちろん大切なのだけど、時によっては嫌みになってしまうのはわかるわね?」

「はい」

「自分が絶対に譲りたくないものと自信が持てるものの謙遜は、かえって毒になるから控えることよ」

「わかりました」

「あとね、交流するお相手の力量を見計らって謙遜は使いなさい」

「相手を考えて、ということですね」

「そうよ」


 黙って話を聞いているベアトリスも、リリアンヌの意見に納得している様子で何度も頷いていた。

 何も相手によって態度を変えろという話ではなく、本質を見極めることが重要だと言うことだろう。


 発言はベアトリスと交代し、最重要だと言って助言を告げた。


「帝国のご令嬢方がどのような方々かわからないけど、とにかく大事なのは第一印象よ。いい、レティシア。ここに全勢力をかけなさい」

「わかりました」

「貴女が堂々としていれば、少なくとも見下されはしないわ。警戒こそされるでしょうけど。だから背筋を伸ばして。貴女はあの厄介なキャサリンにも勝ったのですから、自信を持つには充分な経験を積んだはずよ」

「……そうですね」


 小さく笑みをこぼせば、ベアトリスは優しく頭を撫で、リリアンヌはふわりと肩に手を置いた。


「レティシア。帝国に私たちはいないわ。だから何かあったら、何でも大公殿下を頼るのよ。もし限界に達して、寂しくなったらいつでも帰ってきなさい」

「それにね。何かあっても強気でいくのよ? 貴女の後ろには帝国の大公家はもちろん、セシティスタ国の王家がついているといっても過言ではないのだから。無下にする者には容赦しなくていいの」

「……ありがとうございます、ベアトリスお姉様、リリアンヌお姉様」


 近付く別れを感じると、寂しさを誤魔化すように三人でくっついた。


 暖かなぬくもりを心の芯まで感じながら、絶対に忘れないように記憶に刻んだ。

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