第174話 家族の時間




 最後に以前約束したフィルナリア帝国について学ぶ話を具体的に日にちを決めると、私達二人は家族が集まる場所へ戻った。


 レイノルト様が明るい雰囲気で戻ってきたことを確認したからか、ライオネル陛下はそろそろおいとますると切り出した。


 なかなかに良い時間にもなっていたため、エルノーチェ側も頷いて見送ることにした。


「挨拶をしたいと言う私の無理な提案にも関わらず、ここまで素晴らしいもてなしをしてくれてありがとうございます」

「お気に召していただけたのなら何よりにございます」



 私達が席を外していた間のおもてなしはどうやら上手くいったようで、リリアンヌの笑みが成功を物語っていた。


「本日はありがとうございました」

「ありがとうございました」


 レイノルト様が深々とお辞儀をすると、私達も自然と反応して頭を下げた。


「レティシア嬢、またの機会に話そう」

「はい」

「本日はお世話になりました」


 その言葉を最後に、顔合わせは終了となった。






 二人を乗せた馬車が門を出たのを確認すると、ベアトリスは大きく息を吐いた。


「はぁぁぁぁぁーーーーーっ」

「お疲れ様です、お姉様」

「貴女もねリリアンヌ」

「ふふ……お兄様もお疲れでしょう」

「尋常じゃないほど疲れた、特に精神的に」

「えぇ、緊張からやっと解放されるわ……」


 ベアトリス、リリアンヌ、カルセインそれぞれから疲労の表情が見えた。そこから申し訳なさが込み上げてくる。


「ありがとうございました。何から何まで本当に……」

「無事成功したわね。良かったわ、レティシアの顔に泥を塗らずに済んだわ」

「ですね。姉として、兄として、妹にできる数少ないことでしたから力を入れた甲斐がありましたね。といっても頑張ったのはリリアンヌですが」

「今回ばかりは大変でしたが、その分達成感も他では味わえないほど強く感じられました。……ありがとう、レティシア。私にとって貴重で大切な経験になったわ」

「は、はい」


 各々が感想を述べながら、優しい眼差しを向けてくれる。


「レティシア、気後れなどするのでは無いわ。レティシアのことだもの私達に迷惑をかけたとでも思ってるのでしょう?」

「……はい」

「そんな顔をせずに誇りなさい。むしろそれだけ凄い人物と縁ができ、貴女は素晴らしい人と婚約したのだから」


 私の表情から気持ちは筒抜けだったようで、三人は心配は無用だと背中を押してくれた。

 

「なかなか無いぞ、公爵令嬢の玉の輿は」

「ふふ、誇らしいわ。本当に」

「胸を張ります……!」

「そうしなさい! 常に堂々とするのよ。でないと向こうのご令嬢方にやられてしまうんだから」

「確かにそうですねお姉様。レティシア、自信満々でいくのよ」

「はい!」


 ベアトリスとリリアンヌの言う通りだ。ただでさえ他国の人間なのだから、舐められないように胸を張っていかなくては。


 そう強く頷くと、なぜかベアトリスは口元を押さえた。


「……そう、そうよね。考えたら、レティシアはフィルナリア帝国に行ってしまうのよね」

「……そうでした」 

「こんな可愛らしい末っ子が……気軽に会うこともできなくなるのね」


 ベアトリス、カルセイン、リリアンヌが見つめる瞳は段々と悲しげなものへ変わっていった。


「……駄目ね、こんなこと想像したら不安と悲しさで眠れなくなってしまうわ」


 ペチッと自分の頬を叩くと、ベアトリスは気を取り直したように改めて視線を向けた。


「リリアンヌ」

「はい」

「そんな不安要素が無くなるように、今よりもっとスパルタで社交界のことを教えるわよ……!」

「そうですね、お姉様。より素敵な淑女に育て上げましょう!」

「えっ、お、お姉様……」


 突然の宣言に驚きながらも、二人は早速何から教えるかと言う話を始めてしまった。唖然としていると、カルセインが肩に手をポンッと置いた。


「頑張れレティシア。俺に止めることはできない」

「そこは止めてください……」

「すまないな」


 二人の指導を受けたくないわけではない。ただ、これ以上は負担にしかならないと思うから止めたかったのだ。


「まぁ……妹にできる最後の餞別でもあるから」

「……!」

「受け取ってくれ。二人も寂しいんだと思うよ」

「……そうですね。私も、寂しいです」


 思えば家族と離れてしまうことを、真剣に考えたことはなかった。この大好きな声を聞けなくなると思うと、一気に寂しさが増してくる。


「……お兄様はどうなのですか」

「俺か?」

「はい」

「寂しいに決まってる、当たり前だろう」

「本当に……?」

「何でそこで怪訝な顔をするんだ。嘘なんてつかない」

「ふふ、冗談です」

「……全く」


 呆れたように、でもどこか嬉しそうに呟くカルセインを見ながら、旅立つまでの残り少ない時間を大切に使おうと心に決めるのだった。

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