第173話 変わっているご令嬢





 レイノルト様の力について詳しい話を聞いた。幼少期では苦労をした話や、限定的な人付き合いについてなど。


「たくさん乗り越えられて来たんですね。……私では計り知れない経験を」


 当時のレイノルト様に寄り添うように情景を思い浮かべれば、自然と胸が掴まれるような感情になった。

 

「辛いと言える出来事は確かにたくさんありましたが、今では感謝しているんです」

「感謝、ですか?」

「はい。実は……初めてレティシアに惹かれたのも、興味深い心の声が聞こえたからで」

「それって……」

「姉君の茶番劇に毒づくレティシア、ですね」

「!!」

(あれを誰かに聞かれてたなんて!)


 自己満足のつもりでしていた反論が、まさか見られているとは思わずに赤面した。


「わ、忘れてください!」

「それが魅力的だったんです」

「へ、変な人の間違いでは!?」

「いえ。どこにも二人として存在しない、レティシアにしかない魅力です。追い詰められている雰囲気で萎縮も諦めることもせずに、戦っていた矜持と言葉のセンスが輝いていました」

「輝いていたんですか? ……私が?」

「はい。それはもう誰も勝てないほど」


 嬉しそうに語るレイノルト様の様子からは到底偽りの言葉には聞こえなかった。自然と熱くなった顔はゆっくりと沈静していった。


「誰かを知りたくなったのは初めてで、レティシアのことを知れば知るほど好意が大きくなりました」

「……」


 自然と片手を掬い上げるように取ると、愛しいと言わんばかりの笑みを向けながら声にした。


「私にしかわからない、貴女の魅力。それを教えてくれたこの力には感謝してます。レティシアに出会えて、本当に幸せです」

「私もです」


 普通では共にすることのない力は、良い思い出ばかりでないと思っていた。けど、自分が役立てているのなら少しだけ誇らしかった。……恥ずかしさもあったが。


 色々と整理をしながら好奇心が浮かんでしまった。唇をきゅっとすると、レイノルト様に少しだけ仕掛けてみたくなった。


(レイノルト様、これが聞こえてるんですか?)

「……はい」

(わ、凄い!)

「はは……」


 本当に通じることに驚くと、恥はどこかへと薄まり好奇心が全面に現れた。


(何か私に聞きたいことはありますか?)

「あるにはあるのですが」

(何でも聞いてください! 包み隠さずお伝えしますから)

「レ、レティシア」

(はい、何でしょう?)


 これで会話が成立しているという、不思議な状況に目を輝かせながらレイノルト様を見つめた。


「……っ、ははっ!」

(ど、どうして笑うんですか?)

「……失礼しました」


 何か笑わせる行動があったか考え直しながら、困惑の表情を浮かべた。


「レティシア……貴女は、いつも私の想像を越えてきますね」

(越えたんですか?)

「えぇ。まさかこんなやり取りをするとは思いませんでしたよ」

(えっ。陛下やリトスさんとはやらなかったんですか!)

「普通はしないかと」

(もったいない)

「もったいない……っ」

(今の別に笑うとこじゃないですよ!)


 どうやら私の好奇心はレイノルト様の予想もしない行動だったようで。


 ひとしきり笑うと、彼は私の少しだけ垂れていた髪を耳にかけながら本心を告げた。


「とても面白かったですが……私はやはりレティシアの声が聞きたいです」

「あ……」

「聞かせてくれますか?」

「……もちろんです」

(これはいざという時に取っておきましょう)

「……いざという時」

「はい。せっかくなら活用しないとですよ」

「…………っ」


 ぐっと親指をたてながら頷くと、何故かレイノルト様は口を覆うとため息をつかれた。


「……はぁ。レティシア、どうして貴女はそんなに可愛いんですか?」

「可愛い……?」

「えぇ、とても。可愛すぎて私の心臓が持たないほどです」

「よく……わかりませんが、喜ばれているのなら何よりです」

「ふふ、ありがとうございます」


 可愛らしい仕草をした記憶はないが、レイノルト様が満面の笑みを浮かべられているので、それだけで私も満足した。


「あぁ、そうでした。レティシア、貴女の話を聞かせてくれますか?」

「もちろんです。……といっても、前世の記憶があるだけで、特別なことは無いですよ?」

「……辛いことは?」

「辛いこと……いえ、むしろ得することなら何個かありました。例えば、母の悪影響を受けなかったこととか。幼いときっと何かしら感じ取ると思うんですが、母が普通じゃないって理解できていた点は得になったかと」

「それは良かった」


 レイノルト様の力と異なり、私は苦労するような出来事は無かった。


「あと、緑茶は前世の……故郷にあったんです」

「本当ですか!」

「はい。だから懐かしくて……あの日見つけた時は凄く嬉しかったんです」

「凄い巡り合いですね」

「確かに。もはや運命では?」

「えぇ……運命ですね」


 私に暗い思い出がなかったからか、終始和やかな雰囲気で話をすることができた。


「今度また、緑茶の話をしましょう」

「是非。まだフィルナリア帝国にある僅かなお茶しか飲めてないので、とても楽しみです」

「必ず期待を裏切らないようにします」

「ふふ、では期待しますね」

「はい」


 何気ない会話に終着した私達は、この時間を通して間違いなく二人の距離が格段と縮まったと、そう心から思えた。



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