第168話 侍女の誇り
公爵家に戻るまでの間、レイノルト様との会話を少し気にしていたが、ラナが静かに眠る姿を見ると彼女への心配で頭の中が埋め尽くされた。
「……ラナ」
今回の一番の被害者である彼女に、申し訳ない気持ちが込み上げていた。ラナの手のひらの上に自分の手を重ねながら苦しい思いが込み上げてきた。
「……お嬢……様?」
「ラナ!」
「……あれ……私」
「ラナ、私がわかる?」
「……もちろんにございます」
ボヤりと目を開けたラナは、私の問いかけを聞くと目をぎゅっと瞑って冷まそうとしていた。
「ラナ、どこか痛むところはない?」
「……はい。大丈夫です」
「本当に? 怪我は……」
「無いですね」
ラナは自分の体を触りながら、怪我が無いことを告げた。
「お嬢様……助けてくださったんですね」
「当たり前でしょう! ……本当にごめんなさい。守れなくて、貴女を」
「お止めくださいお嬢様……謝らないでください」
「でも」
ぎゅっと自分の手のひらに力を入れながらラナを見つめると、意識をはっきりと取り戻した彼女は私に微笑んだ。
「私、今凄く誇らしいんです。勘違いだとわかってますが、お嬢様を守れた気でいるんです」
「勘違いではないわ。ラナは私を守ってくれた」
「それなら嬉しい限りです。良いですかお嬢様。私に申し訳なさや何もできなかったと後悔を抱くのは間違いですよ。忘れてはいけません。私は、侍女です」
「……!」
「侍女はお嬢様のお世話をするものですが、それ以前に私はお嬢様の専属侍女です。お嬢様を主として仕えている身です。そんな一人としてお嬢様をお守りできたことは、私にとって名誉でしかありません。その上助けてもいただけて。私はそのお気持ちだけで胸が満たされるのです」
嘘偽りのない、本心からの言葉に思わず涙をこぼした。
「そんなこと言われたら……自分を責められないじゃない」
「その為に言ってるのです」
「……ありがとう、ラナ。貴女が無事で何よりよ」
「お嬢様、助けてくださりありがとうございます」
「当然のことをしただけよ」
「私もです」
「……わかったわ」
涙を拭いながら、ラナが笑顔で語る姿に力強く頷いた。
「ラナ、今日はゆっくり休んで。回復するまでは療養に専念するのよ」
「お嬢様、大袈裟ですよ。私は誘拐されただけです。それだけなんです。暴力を受けたりはしてませんので、元気です」
「駄目よ。これは譲らないわ。少なくとも三日はお休みするのよ」
「……」
「……」
お互いに譲れない思いで見つめ合う。
「……わかりました。ですがお休みは一日だけいただきますね」
「……わかったわ。疲労が抜けなかったら延長可能だからね」
「頭にいれておきます」
そうやり取りを済ませると、エルノーチェ公爵邸に到着した。ラナに手を出したが自分は侍女だと言われてしまい、引っ込める結果になってしまった。
ゆっくりと歩きながら屋敷の玄関にたどり着くと、何も考えずに扉を開いた。
その瞬間、突然強い衝撃を受けた。
「レティシアっ!!」
「!!」
いきなりのことで脳内が処理しきれなかったが、誰かに抱きつかれたことを理解するとその相手がベアトリスであることがわかった。その後ろにカルセインが控えていたのも見えた。
「べ、ベアトリスお姉様」
「レティシア! 貴女怪我は!? 大丈夫なの!」
「私は平気です、お姉様。どこにも怪我はありません」
「本当に無いのか!? どこかかすり傷でもあるんじゃないのか」
至近距離で私の体を見ながら心配する二人に、大丈夫だと強く言った。
「本当に大丈夫です。嘘ではありません」
「本当ね!」
「お、おねぇーさま」
ぎゅっと頬を両手で挟まれると、最後に顔に傷がないかの確認をされた。無傷だとわかるとようやく解放された。
「ラナ。レティシアを守ってくれて本当にありがとう」
「あぁ、感謝してもしきれない。ありがとう」
「お、お止めくださいベアトリスお嬢様! カルセイン様!」
頭を下げる二人に、ラナは慌ててその動きを阻止しようと声に出す。
「ラナ。貴女は最高の侍女よ」
「身に余るお言葉です」
「あぁ。姉様、彼女の待遇を考え直すべきだ」
「もちろんよ」
「の、望んでおりません!」
(まずい……まだラナは目覚めたばかりなのに、このままだと休まるばかりか更に疲れてしまうわ)
両者の様子を見ながら即座に判断すると、二人に向かって少し大きな声で告げた。
「お姉様、お兄様。私もそれには賛成ですが、今日の所はよろしいでしょうか? ラナはやっと家に戻れたので」
「そうね、まずはゆっくりと休んでちょうだい」
「あぁ。特別休暇だと思って、何日でも休んでくれて構わない」
「……あ、ありがとうございます。では、私はこれで……」
「私も失礼致します」
「レティシアは待ちなさい」
「あぁ、話が残っている」
「…………。ラナ、ゆっくりと休んで」
「はい、お休みなさいませ」
不本意ながらラナを見送ると、私はそのまま書斎へと連行されるのだった。
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