第167話 安堵は心を緩めて
レイノルト様のエスコートで宿を出ると、馬車へと移った。
「お久しぶりです、レティシア。お元気でしたか?」
「はい、この通り。レイノルト様は」
「私も特にかわりないです」
「良かったです」
(ずっと会えないことに加えて手紙が届かなかったから心配だったけど、お顔を見れて安心したわ)
心底安堵した笑みを浮かべながら頷くと、レイノルト様から謝罪が入った。
「大変申し訳ありません。約束を守れず……帝国に着いた日に、リトスと互いの兄がいないことがわかりましたので、とんぼ返りのように急いで戻っておりました。手紙を出せれば良かったのですが……」
「状況が状況ですから、仕方ありませんよ。無事がわかって何よりですが……大丈夫でしたか? アルセタ国で土砂崩れがあったと聞きましたが、お怪我は?」
そういえば、と先日の土砂崩れを思い出しながら負傷していないのか尋ねた。
「足止めはくらいましたが、到着した時は崩れた後でしたので」
「……良かった、お怪我がなくて」
(もししてても隠してそうだったけど、今のところ大丈夫そう、かな)
今度は私がレイノルト様を観察しながら、本当に怪我がないか確認をした。レイノルト様は意図を読み取ってか、くすりと微笑んでいた。
暖かな雰囲気に包まれると、レイノルト様はほんの少し緊張しながら話したいと言っていたことを私に尋ねた。
「……レティシア。その、気になることが」
「話したいことですよね?」
「というよりも、聞きたいことの方が正しいかもしれません」
「なるほど。どうされました?」
「兄には、何にもされませんでしたか?」
(あぁ、陛下のことね)
すれ違いでこちらに到着したこともあり、何も知らないという状況で自身の兄が何かしてないかは気になることだろう。
「大丈夫ですよ。むしろ今回は助けていただきましたので、感謝の気持ちが尽きないほどです」
(そんなに交流はないけど……あっても些細なものばかりだからな。言う必要はなさそう)
話すことが特に見当たらず少し黙ると、レイノルト様から気になる点を聞かれた。
「その。変なことを吹き込まれたりしてないですか?」
「その点に関してはもちろん。問題ありませんよ。……実は、陛下がレイノルト様のお兄様だと確認が取れたのは本日のことでして。お会いしたのは少し前ですが、レイノルト様の兄君として過ごした時間は少ないのでご安心ください」
「兄は正体を隠してレティシアに近付いたのですね」
「出会いは偶然でしたので、お互い最初は素性を隠してました。その、陛下がぼったくられるところをお助けしたのが最初です」
今思い出しても色濃い出来事だったと感じた。
「それでお茶になったんですか?」
「えっと、そうですね。でもお断りしました。その時は素性がわからない方でしたし、私は婚約者のいる身ですから。なので疑われるようなことは何も」
「レティシア……すみません。疑うようなことを」
「いえ、気になることだと思います。私ももしレイノルト様が、私の知らない所でお姉様と一緒にいることを知ったら尋ねてしまうと思うので」
「ありがとうございます、優しい言葉を」
「そんな。事実を言ったまでですよ」
それに加えてレイノルト様の場合、想定もしていなかった出来事だから驚いているように見えた。いつも落ち着いた雰囲気の彼が、どこか不安げな表情をしているので、どうにかそれを追い払おうと努力していた。
「お会いしたのは大体それくらいで。レイノルト様の兄君としてお話しする時間は本当に少なかったです」
「良かった」
思い返せば発煙筒を渡された時の様子から発明家だと思っていた。あの時は高位貴族かもしれないと予想していたものの、まさか国王陛下だとは思いもしなかった。
「身分を知らなかったので、国王陛下だとわかった時は驚きました」
(一時期我が家の不審者になってた上に、不思議なものを作ってる人だったから……なんだろう。マッドサイエンティスト? とか思ってたなぁ)
「っ」
レイノルト様は咳をしたのか、手で口元を覆っていた。
「兄が厄介な真似を。失礼しました」
「いえ。素性を隠していたのはお互い様なので」
「何もなくて何よりです」
「はい」
ようやく不安げな表情が消えていくと様子を見ると安堵していた。穏やかな空気で話が収束した。
(良かった、いつもの表情に戻って。……それにしても、不思議。面白いものを作るのが趣味なのかしら。それとも陛下は発明家か研究家でもあるのかしら?)
マッドサイエンティストと考えていた自分の思考に引っ張られながら、まだ知らぬライオネル陛下という人がまるでわからず疑問を感じていた。
「そうですね。どちらかと言えば発明する人だと思います。といってもそれが趣味なんです、変わった趣味ですが」
「……」
「レティシア?」
今何が起きたのだろう。
それがわからずに驚いた表情で少し固まりながら、恐る恐る尋ねた。
「あ、あの。私もしかして声に出してましたか?」
「いえ……その」
だとしたら恥ずかしい。そんな考えで尋ねるものの、何かを察したレイノルト様の表情は不安げなものへと戻ってしまった。
少しの沈黙の後、レイノルト様は笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ、レティシア」
「あ……」
「聞きたいことは聞けましたので、今日はこれまでにしますね」
「そう、ですね。もう夜も遅いですし」
「はい。護衛騎士のいる場所に戻りましょうか」
「はい」
凄く不思議な空気で終わりにすると、エスコートを受けて護衛騎士のもとへ送ってもらった。
今度は必ず手紙を送ると約束をする彼の姿は、普段と変わらないように見えなくもなかった。
どこか変な感覚を抱きながら、笑顔を崩さずに別れの挨拶をした。
そしてレイノルト様と陛下とリトスに見送られながら、その場を後にしたのだった。
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