第163話 オーレイ家の実情




 時刻は夕方。指定された夜時間はすぐそこまで迫っていた。


「レティシア、任せてもらえるかと言った傍から悪いのだが、今回は協力を頼みたい」

「もちろんにございます」

「……一つ騎士に尋ねるが、レティシアが危険と隣り合わせになった時、守りきる自信はあるか」

「あります。全てに代えてもお守りいたします」


 言葉のやり取りをした後に、少しの間ライオネル陛下とモルトン卿は視線を交錯していた。


 外部からはわからない、視線で語る様子は言語化することは難しそうであった。


「……私はこう見えても人を見る目はある方だと自負してる。だからレティシアは君に任せる」

「はい」

「ただあくまでも万が一の話だ。基本的に、レティシアを危険に晒すことはしない」

「護衛として、それを願います」


 出会ってからそこまでの時間は経っていないというのに、モルトン卿の頼もしさは心強かった。


 内心安心しながらも、気になることを陛下に尋ねた。


「陛下、一つご質問が」

「なんだ?」

「オーレイ侯爵がここまで暴走しているのに、思い当たる理由があるのですか」

「なぜそう思う」

「オーレイ侯爵が真っ白な方であるのなら、私がおとりになったりと確実に捕まえるために、多少の危険には晒す必要がある筈です。それでもなさらないということは、もう確固たる何かがあるのかと」

「やはり君は頭が切れるな。義妹として頼もしい限りだ」

「いえそこまでは」

「質問に答えると、その通りだ。オーレイ侯爵領は経営が上手く行かずに他家に民が流れるほどだった。私から見ても、税の理不尽な上げ方や領民の声を聞かない姿勢はとても領主として相応しいとは思っていなかった。前侯爵の時点で不満がそこそこあったというのに、現侯爵へ変わってからはなお酷くなった。オーレイ侯爵家は間違った人間を当主にした。その結果が廃れた現状なんだよ」

「……」


 初めて知るオーレイ侯爵家の実情に驚きながらも、二度あったオーレイ侯爵からは不出来な雰囲気は感じなかった。だがそれはあくまでもフィルターをかけてしまったのだと感じる。


「リトスの姿からは想像がつかないだろう? あの優秀な男を見ていれば、自然と兄も同じく優秀だと考える。だが実際は違う。兄は優秀にならなかったんだ」

「ならなかった? なれなかった、ではなくてですか」

「リトスの優秀さは本人が死ぬほど努力して身につけたものだ。兄も同じく努力して身に付けられたものを、それを怠った。挙げ句リトスの努力を勝手に生まれながらに持った才能だと勘違いして八つ当たりする、厄介な注意人物だったんだ。……まさかリトスへの執念がここまで強いとは予想外だがな」

「……そんなことが」


 血を分けた兄弟として生まれたにも関わらず、尊重されることなく怒りの矛先や的になってしまう状況はどことなく自分に重なるものがあった。


「リトスには一つの落ち度もない。だがオーレイ侯爵はリトスの足をどこまでも引っ張るだろうな」

「それだけは……阻止したいです」

「同感だ。優秀な人材を愚か者のせいで失くすわけにはいかない」


 変わらぬ口調からはすぐに気が付かなかったが、ライオネル陛下は静かに怒っていることがわかった。


「レティシア。改めて感謝する。大事にせずに、秘密裏に処理できるのは君の機転のおかげだ」

「いえ。私のためでもありますから」

「それでも感謝したい。国同士の問題になること以上に厄介なことはこの上ない」


 言葉を重ねる度に、ライオネル陛下の怒りは増しているように感じた。


「さぁ急ごう。レティシアの侍女が待ってるだろう」

「はい!」


 約束の時間近くを迎えた私達は馬車に乗り込むことにした。

 

 指定された宿付近に到着すると、まずは私とモルトン卿のみが宿へ足を踏み入れた。


 宿の近くは出払っているのか、人影は見えなかった。もしかしたらオーレイ侯爵は代理を立てて姿を現さないかもしれない。そんな不安が過っていたが、中には満面の笑みで待ち構えるオーレイ侯爵がいた。


(凄い。陛下の予想通りだわ)


 移動中の馬車の中で、陛下は代理者の危惧を示していたが、それ以上に段階を踏む時間の余裕がないことと、そんな賢い思考は彼は持ち合わせていないという考えの元で不安は薄いものだった。


 不安はすぐに消え去ったものの、すぐさま疑念でめを細める。


「……侍女はどこですか」


 約束の場所を訪れたというのに、ラナの姿はどこにもなかった。


「まぁそう焦らずに。座ってくれ、エルノーチェ嬢」

「……」


 思えばこの人は、常にどこからか上からのような物言いだった。人柄というのは言葉選びにも出てくる。今改めて考えれば、オーレイ侯爵にとって私は怒りの矛先になっている弟の知り合いだから同類とみなされていたのかもしれない。


 冷たい表情を崩すことなく、無言でオーレイ侯爵の正面に座った。


「ご自分が何をされているのかご理解していますか。国際問題にも発展しかねないというのに」

「はは。面白いことを言うな。本来なら確かに大きな問題となるが、エルノーチェ嬢。君にはできないだろう。君は弟リトスの婚約者なのだから」

「…………は?」


 今この人は何と言ったのか。


 開いた口が塞がらないとはこの事をいうのだろう。思考は停止してしばらく動かなかった。


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