第162話 明かされた正体
屋敷に到着すると、屋敷の管理者である執事の姿が見えた。急ぎ声をかけに近付く。
「すみません!」
「おや、姫様」
「突然の訪問をお許しください。急ぎの用件がありまして」
「なるほど、どうされましたか」
「……こちらのお屋敷に現在滞在者はいらっしゃいますか」
「滞在者」
「はい」
一抹の望みを切実な思いで願いながら尋ねる。すると、執事は少しだけ考える様子を見せた。
(私がレイノルト様の婚約者だと言っても、全てを知れるわけではない。それは重々承知してる)
滞在者に関しては機密事項である可能性が高いため、慎重に扱うであろう姿が伺えた。
ただ、そこから一つの確信が生まれた。
(でも執事の様子でわかった。今屋敷内のは誰かがいる)
そしてその確率は、私が考える人である場合が高い。
ここまできて断られる訳にはいかない。そう思った私は、執事に畳み掛けた。
「執事様、これはこちらの屋敷にいる方にもらったものです」
「……!」
「これで知り合いかどうかは裏付けられるかと。できる限りで構いません。どうか面会できないでしょうか」
「……」
一か八かの勢いで発言すると、執事の表情は良いものへ変わっていった。
「それはあの方にしか作れぬ代物です。承知致しました、今確認を」
「その必要はない。中に入れて丁重にもてなせ」
「!!」
執事が動こうとしたその時、背後から見覚えのある顔がやって来た。ただ唯一違うのは髪色。以前のかつらのような作り物の色味ではなく、レイノルト様と同じく夜空を感じさせる黒色だった。
それを察した私達は、瞬時に膝をつく。
「帝国の皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「お嬢さん、取り敢えず中に」
挨拶をしようとした瞬間に遮られると、屋敷内へと案内された。応接室で席に着くと、執事がお茶を持ってきてくれる。
座るように促され、陛下が座るのを確認すると私も席に着いた。モルトン卿は背後に護衛として立っている。
「改めてご挨拶申し上げます。セシティスタ王国、エルノーチェ公爵家四女のレティシアにございます」
「ライオネルだ。セシティスタ王国には万年恋愛嫌いの偏屈弟……レイノルトが見惚れた花嫁を見に来た」
(へ、偏屈……)
「どんなご令嬢が、私の大切な弟を誑かしたのかと思ってな」
「!!」
その言葉に、一気に緊張が走る。伸ばす背筋の力がより一層強くなると、きゅっと手のひらを握りしめていた。
「まぁ、というのは冗談だ。本当に興味本位でどのような女性なのか見たくてな。……本人に何度聞いても無視をされたんだ。手紙を何度送ったことか」
「え……」
「教えてもらえないなら直接見に来るしかないだろう? だから見に来たんだ。……想像以上にしっかりしたお嬢さんで驚いたよ。てっきり女性嫌いを拗らせていたから、うちの弟に女性を見る目などないと決めつけていたが、全く違ったようだ」
「……こ、光栄です」
「君のような勇敢で強い眼差しを持った女性は大歓迎だよ。是非弟をよろしく頼む」
「はい、陛下」
緊張は嘘のように一瞬で消え去ると、陛下の言葉は暖かなものばかりだった。
感情の激しい動きに驚きながらも、どうにか処理しようと頭を動かす。
「……」
「どうかなさいましたか、陛下」
陛下の穏やかな表情はまたも一瞬で変化し、どこか難しそうな表情へと変化した。思わず息をのみながら、じっと待っているとこぼれ出たのは予想外の言葉だった。
「お嬢さん。この呼び方もおかしいな。是非レティシアと呼ばせてもらおう」
「はい」
「レティシア、私は君にとっては陛下であって陛下でないと思うんだ」
「……?」
「だからその呼び方は寂しい」
「……さ、さすがにそれはまだ時期尚早かと」
「まさか。レイノルトと婚約はまだなのか?」
「い、いえ。セシティスタ国王陛下立ち合いの元で書類などの必要なものは済ませました」
「それなら良いだろう」
どこかキラキラとした目で見てくる陛下にどうしようかと慌てていると、執事が助けに入ってくれた。
「陛下。あまり殿下不在の間に好き勝手にされると、後で不満を言われますよ」
「む……それもそうか」
「はい」
「……わかった。今は時期尚早ということにしておこう」
しょんぼりとした様子が明らかにわかったが、口をだすことなくただ見つめていた。
「そうだ。レティシアは私に何用だ? 花火が打ち上がったかもしれないと思っていたが、どうやら予感は当たっているみたいだな」
「はい。実は」
ライオネル陛下に事の顛末全てを伝え、発煙筒を使うことになった経緯まで事細かに伝えた。
段々と表情は曇っていき、聞き終わった後にはこめかみを押さえていた。
「話はわかった。まず謝罪をさせてくれ。我が国の愚か者が迷惑をかけて本当に申し訳ない」
「! 頭をお上げください陛下。陛下には何一つ非はございません」
「そう言われると少しばかり救われるが、奴に関しては私の警戒不足だった。本当にすまない」
「……」
「ここから先は任せてもらえるか? 今はレイノルトもいない状況ではあるが、私にはオーレイ侯爵に関する決定権がある。皇帝という身分がな」
「よろしくお願いいたします」
「侍女が捉えられてる中で言うことではないが、君が無事で何よりだ。それと迅速かつ最適な対応をありがとう。優秀な義妹を持てて嬉しいよ」
「ありがとうございます。どうかラナ……侍女をお願いいたします」
「任せてくれ」
予想以上にスムーズに終わった話とは裏腹に、ラナに対する不安は残り続けていた。しかし、ライオネル陛下の眼差しと言葉には力強く安心させる力があった。
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