第151話 悪評を塗り替えて




 自分の評価が変わってきていることを知り、社交界に行くことが怖くなくなった。ビアンカ嬢のおかげで、交流を図ることができた。


 次の会場には彼女はいないかもしれないが、自分から話しかけることが億劫でなくなった今、自分の将来を考えて積極的に行こうと決意した。


 パーティーを終えて屋敷に着くと、ゆっくりと着替えを始めた。明るい様子でラナが尋ねる。


「お嬢様、もしやパーティーで良いことがありましたか?」

「そうなのラナ。私が思っているよりも、自分の評価は変わってきてるみたいで」

「それは何よりですね!」

「えぇ。凄く嬉しかったわ」

(努力が実を結んだ。そう言っていい気がする)


 あの後、ビアンカ嬢に連れられて、ご令嬢方と会話をした。申し訳ない様子の方や謝罪をする方が多かった。戸惑いながらも、自分への対応の誠実さには感動していた。今までのような、人の話を聞かずにこちらを軽んじるような、そんな対応をする人は一人もいなかった。


 尊重され、尊重する。その気持ちの重なりのおかげで晴れ晴れとした気分で交流を楽しむことができた。こんなことは初めてだった。


「お嬢様にとって憂鬱な不安事が消えたようで何よりです」

「うん。……そうだラナ。スノードームなのだけど」

「はい」

「直感で答えて欲しいの。いくらに見える?」

「直感でですね。うーん……初めて見たと仮定したら銀貨十枚と言われてもおかしくありませんし、金貨数枚と言われても納得はしてしまうかもしれません。購入するかは別として」

「なるほどね……」


 ラナの回答を経て、気になっていた疑問が解消した。


「スノードームがどうかしたんですか?」

「実は、この前話したぼったくりなんだけど」

「お嬢様が自警団に引き渡したやつですね」

「情報を提供しただけだって」

(ご令嬢もなんだか誇張して褒めてた気がする。私は捕まえてないのに)


 この話題も、私の評価に大きく影響を与えたのだが、ご令嬢方から聞く話はどこも何かが盛られた話になっていた。


 どうやら私が捕まえたぼったくりは、路上販売で荒稼ぎをする悪手な商人だったらしい。


 扱う商品はスノードーム等のアンティークで、貴族という身分ならあまり目にしないものばかりを、本来の値段から偽って売り付けていたらしい。


 魅力的に見えたご令嬢方何人かは引っ掛かってしまったようで、アンティークの価値がわかる使用人に言われるまでぼったくられていることがわからなかったそうだ。


(ラナにしかり、あの時の男性にしかり……確かに見たことないものの価値を正確に見定めるのは難しいことかもしれないわ)


 一連の出来事は、ぼったくりが捕まったことで収束したようだ。

 

「……というわけで、被害が多かったそうよ」

「そうだったんですね……広い見識を持つことって大切ですね。それに関してはお嬢様はもしや一流では」

「まさか、まだまだよ。偶然価値を知っていただけだもの」

「でもお嬢様は平民の価値観がわかるではありませんか」

「それは……そうだけど。でも世の中は広いから」

「なるほど」


 ラナの言いたいこともわかるが、上には上がいるのだ。私の見識に比べれば、レイノルト様の方がはるかに広く素晴らしい見識を持っているだろう。


「……そう言えばラナ。私宛に手紙が届いてない?」

「手紙ですか。招待状関連でしたらベアトリス様の所にありますよ」

「ううん。レイノルト様から」

「大公殿下からの手紙はないですね」

「そっか……」


 もうフィルナリア帝国に到着してもおかしくない頃なのに、未だに手紙は届かない。


(到着したら送るという話は忘れてしまったのかな。いや、忙しいのかもしれない。……私から送るのはやめよう。催促してるみたいで、いい気分ではないもの)


 ふと窓の外を眺めながら、レイノルト様の安否を気遣った。風が強いのか、少し肌寒い。


(何事も……ないといいのだけれど)


 レイノルト様の事を想いながら、夜を過ごすのだった。








◆◆◆



〈レイノルト視点〉


 

 真っ暗な夜道を、馬車が物凄い速さで駆け抜ける。荒々しく揺れる馬車の中で、馬車を扶助するリトスに大声で叫んだ。


「リトス!! もう少し速くできないのか!」

「無理だレイノルト! これが限界だ!!」

「くっ……!」

「危ないからどこかに掴まってろ! あと顔は出すな!!」


 向かってくる風にかき消されないように、お互い最大限の声でやり取りをする。


「……はぁ」


 リトスに言われた通り、椅子に座ると大きくため息をついた。

 焦る気持ちが一向に消えずに、全く落ち着けない中馬車がただ走り続けた。


(……どうしてこうなったんだ)


 今更後悔しても遅い。


 自分の行動が引き起こした問題でもあるため、どこにも怒りはぶつけられず、ただやりきれない想いが胸の中に広がった。


(……レティシア)


 頭に浮かぶのは、彼女だけだった。


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