第152話 募る想い
手紙が届かないことを不安に思った私は、一度レイノルト様が滞在していた屋敷を訪れることにした。
(もしかしたら既に戻られてるのかもしれない。不在だったら、それはそれで良い。その時は手紙を送ろう)
屋敷に近付くも、普段と様子が変わらず人の気配があるかもわからない。取り敢えず門を叩くしかないと判断した私は、玄関まで足を踏み入れた。
呼び鈴を鳴らすと、中から管理者である執事が出てきた。
「おや、これは」
「ごきげんよう、執事様」
「一介の執事に様付けなど。お止めくださいませ姫様」
(ひ、姫じゃないんだけど……)
恐らくリトスの影響を受けた呼び方なのだろう。
「申し訳ありません、殿下はご不在でして」
「そうなんですね」
不在を知るも、屋敷内から足音が聞こえた。そしてその足音が近付いてくる。
(もしかして、リトスさんならいるのかな)
リトスであれば、今レイノルト様がどのような状況下に置かれているか詳しいかもしれない。そう思いながら執事にリトスの不在も尋ねた。
「あの。もしかしてリトスさんはいらっしゃいますか?」
「リトス様ですか。いえ、殿下と一緒に帝国へ」
「あ……そうなんですね」
(それもそっか。足音がするからてっきりリトスさんならいるかと期待しちゃった)
「ご期待に添えず申し訳ありません」
「そんな。仕方のないことです。謝罪なさらないでください」
二人の不在を確認し終わったため、帰る旨を伝えようとした時、執事の後ろから声が聞こえた。
「リトスのお客様か?」
「侯爵様」
(侯爵……?)
声の主はどこかの侯爵らしいが、どうやらリトスの知り合いであることが伺える。ペコリと一礼しながら執事が二歩ほど後ろに下がると、侯爵と呼ばれた男性が姿を現した。
「初めまして、私はリトスの兄リオン。リオン・オーレイ。フィルナリア帝国のオーレイ侯爵家の当主だ」
「お初にお目にかかります。セシティスタ王国エルノーチェ公爵家四女、レティシアにございます」
「こんにちはエルノーチェ嬢。立ち話もなんだから中で話そう。大丈夫だろうか?」
「もちろんにございます」
「じゃあ行こう」
「あ、ありがとうございます」
オーレイ侯は執事に許可を取ると、私を中に招き入れた。
向かった部屋はレイノルト様と度々話をした応接室とは別の部屋であった。席に着くと、執事が紅茶を運んでくれた。
良く見てみれば、確かにオーレイ侯からはリトスの面影が感じられた。リトスに似た雰囲気に、顔立ちは整ったものだった。
「改めて尋ねるのだが、ご令嬢はうちのリトスと知り合いなのか?」
「はい」
「ここには何度か?」
「そうですね。訪れています」
「なるほど」
リトスさんとはまだ親交が浅いものの、良い人であることだけは知っている。
「あいつからは全然連絡が来ないから。ご令嬢のような人がいるとは知らなかったんだ。詳しく聞いてすまない」
「いえ、とんでもございません」
「あ……エルノーチェ嬢。良ければ今日私に会ったことは内緒にしてくれないか? まるで探られたとリトスに思われたくないんだ。誤解を生まないためにも」
「わかりました」
「良かった、ありがとう」
申し訳なさそうに頼む姿からは切実さを感じられた。
「オーレイ侯はどうしてセシティスタ王国に?」
「リトスに会いに来たことが理由の一つでね。いつも以上に長い間帝国を空けていたから、気になってね。でも残念なことにすれ違いになってしまったみたいだ」
「みたいですね」
「運が悪かったよ」
残念そうに語るオーレイ侯からは、弟思いな様子が見られた。
「リトスさんがお好きなんですね」
「……あぁ。会ってないと会いたくなるものだね」
「……そうですね」
(私もレイノルト様に早く会いたい)
不在であることに不安感は広がってしまったが、無事を祈って待つことを決めた。
(きっと帰ってきてくれる。……そうだ、兄君がいるならリトスさんが一足先に帰ってくるかもしれない)
「あ、あのオーレイ侯」
「なんだい?」
「もしリトスさんが戻ったらご連絡いただけませんか。……これが我が家の住所にございます」
「もちろんだ。すぐ帰ってくることを祈ろう」
「はい、ありがとうございます」
リトスさんが帰ってくるまでレイノルト様から音沙汰がなければ聞きに来よう。
「……では、私はこれで失礼します」
「気をつけて。玄関まで送ろう」
「ありがとうございます」
短い時間の会話だったが、得られたものは大きかった。小さな安心材料を手に入れると、来た時よりもほんの少しだけ軽い足取りで公爵家へと戻った。
最後の校正の仕事を終わらせ、原稿を渡すために城下まで馬車で移動すると、そこから屋敷までは歩いて戻ることにした。
(……? 人の気配がする)
公爵家までの一本道だというのに、何故か人の気配を感じた。
(今はお昼だから使用人や商人が出入りすることは考えられないし、お姉様達の誰かが私みたいに歩いていることはもっと考えられない)
不思議に、尚且つ警戒しながら歩みを進めると、見覚えのあるフードを被った人物が視界に映った。
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