第150話 更新される悪評




 社交界活動に力を入れると決めてから、初めてのパーティーに参加していた。


 披露会に向けて身に付けた振る舞いが生きて悪目立ちはしていない筈だが、悲しいことに現実は遠巻きにされてしまっていることだった。


(自分から話にいかないといけないのはわかってるのだけど、とてもそんな雰囲気では無いわよね……)


 ご令嬢やご子息方が私を品定めするような視線を痛い程に感じた。今まで当たり前のように存在していた私の悪評が偽りであったことを、受けてその視線を向けるのは理解できる。ただ、気分の良いものかと聞かれれば首を振るだろう。


(……参ったわ、これは少しの間は様子見をした方が良いかもしれない)


 半ば諦めながらも表情を崩さずに立っていると、背後から声をかけられた。


「レティシア・エルノーチェ様、ご挨拶をしても良いでしょうか」

「あ……貴女は確か」

「覚えていただけたのですか。それは光栄です」

「もちろんです、ビアンカ・フィアス様」


 彼女主催のパーティーをふと思い出しながら、顔見知りの人から声をかけて貰えたことに安堵した。


「その節は大変お世話になりました」

「いえ、こちらこそ。あの日は代理ということもあってきちんとお話しできなかったので、良ければと思って」


 ビアンカ嬢の言う代理という言葉に、ベアトリスの顔が瞬時に浮かぶ。あの時はまだ、ベアトリスが努力をしているとは思わなかった頃だ。ベアトリスの事を何も知らなかったのは、もちろんビアンカ嬢も同じことだろう。


 どうにか説明できないか試みる。


「あ……その、ベアトリスお姉様のことなのですが」

「大丈夫ですよ。全てお話を聞きましたから」

「そうなのですか」

「えぇ。ご本人から正式な謝罪があの後ありまして。それだけでなく、最近お話する機会もありましたの。全てではありませんが、彼女の苦労話も耳にしましたわ」

「なるほど……そうだったんですね」


 自分の嫌疑や悪評を消していたのはリリアンヌだけではなかったようだ。今思えば、公爵代理になることを見据えていたベアトリスは重要人物からの評価には細心の注意を払っていたのかもしれない。


(さすがお姉様だわ)


 いらぬ心配だったと内心で苦笑しながらも、改めて誇らしく感じるのだった。


「……あの、ちなみに私に声をかけても大丈夫ですか」

「もちろん。そう聞かれるということは、何か気になることがあるのですか」

「……その、私の事が未知数だと思います。悪評の残り香もあるでしょう。あまり良い接触になる可能性が」

「まぁ、レティシア様。ご存知ないのですか?」

「な、何がでしょう」


 話しかけてくれたことに喜んではいるが、ビアンカ嬢自体の評価に響かないか不安を告げると、何故か驚いた反応が返ってきた。


「ご自分の評価ですよ。披露会での姿はご令嬢方の間では勇姿として語られているのですよ。堂々とした振る舞いと、絶望的な状況でも決して諦めず信念を貫き通すお姿には、衝撃や感銘を受けた貴族は多いのです。レティシア様からしたら手のひら返されている状況ではありますが、悪評を信じていた者もそうでない者も、皆様レティシア様に敬意を表している方がほとんどかと」

「え……」

(……そんなに、影響を与えていたのか)


 披露会ではとにかく目標一筋で、周囲の反応は気にしたもののその後を考えたことはあまりなかった。

 それ故に、ビアンカ嬢の言葉に驚きを隠せない。


「それでも一定数、以前と変わらぬ評価をしている者もいました」

「……いました?」

(か、過去形なのは意味があるのかしら)

「はい。ですが最近ある話が話題になって、すっかり異議を唱えるものはいなくなりましたよ」

「ある話……心当たりがないのですが、お聞きしても?」


 自分の知らない所で自分の評価が変わってきていることが、どこか不思議で少し怖くもあった。


「もちろん。最近はその話で持ち切りですよ。レティシア様が詐欺師を撃退したというお話です」

「えっ」

「通りすがりの方が騙されそうになっていた所、問題をご指摘して詐欺師を追い詰めたと」

(心当たりはありました)

「自警団に証拠品と経緯をご説明なさったおかげで、無事に詐欺師が捕らえられたと聞きました」

「そう、だったんですね。何よりです」


 話が回る早さにどこか困惑しながらも、自分の悪評の払拭に作用したのなら良かったと安心をした。


 話が終わっておらず、ビアンカ嬢は少し近づいてこそりと言葉を落とした。


「実はですね、その詐欺師にひっかかってしまった貴族の方が想像以上に多いんです。それも影響して、レティシア様に感謝の気持ちを感じている方が多いのだと思いますよ」

「か、感謝ですか?」


 そんな視線は感じなかったような、と思い返そうとするとビアンカ様は穏やかに微笑んで真実を教えてくれた。


「皆様実はレティシア様と話がしたくて仕方ないんです。ですが、今までの対応もあって上手く話しに行けない方や、勇姿から自身とは格が違うと恐れ多くて近付けない方がほとんどです。視線を感じているのは、それだけ皆様から関心を集めている証拠かと」

「そう、なのでしょうか」


 ビアンカ嬢の話には説得力があり、不安は残るが頷けた。


「少なくとも私はそう捉えております。……ですので、良ければ私と各所を回りませんか?」

「良いのですか?」

「はい」

「でも、どうして」

「私も勇姿を見てレティシア様に惹かれた一人なのです。交流ができるのなら、その機会は逃したくありませんから」


 照れながら笑うビアンカ嬢の好意しかない表情につられて、私も自然と笑顔になっていた。



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