第149話 感謝の贈り物を②




 ベアトリスとの大切な時間を過ごすと、続いてリリアンヌの部屋へ向かった。優しく穏やかな笑みで迎えられると、早速贈り物を渡す。


「あら、これは?」

「お姉様に贈り物を」

「まぁ……いいの? もらってしまって」

「受け取ってください」


 ベアトリス程ではないものの、やはりリリアンヌも妹からの突然のプレゼントには驚きを隠せないようだ。


「……あの謹慎の日に、お姉様に会えたことは私にとって本当に大きな出来事です。リリアンヌお姉様無しでは、ここまで堂々と立つことはできませんでした。勿論今もまだ立派な淑女とは言いきれませんが、最低限の振る舞いができているのはお姉様のおかげです。本当にありがとうございます。……その、言葉だけで伝えられない分の贈り物をなんです」

「…………」


 私と贈り物を交互に見ながら何かを考え込んだリリアンヌ。ゆっくりと顔を上げると、困った眉で私を見つめた。


「レティシア……私も貴女に数えきれない程の感謝があるのよ。……私はレティシアの頑張る姿に影響をもらったの。だからこの道を選べた。私こそ何かを贈らないと。……だから、レティシアの言う言葉では表せない気持ちと言うのは凄くわかるの」

「リリアンヌお姉様……」


 思いもしなかった発言に一瞬体の動きが止まりかけるが、その言葉の節々や目線からお世辞などではなく本心だとわかると、嬉しさが込み上げてきた。


「えっと、つまりね。レティシアが思っている以上に私は、この贈り物を凄く凄く喜んでいるということよ。伝わるかしら」

「しっかりと伝わってます、お姉様」

「ふふ、良かった」


 微笑み合うと、リリアンヌはあけていい?と尋ねて開封をした。


「あら、素敵な靴。こんなに良いものを貰って本当にいいの?」

「もちろんです」

「ありがとうレティシア。……それにしても、よく私の好みがわかったわね」

「ほとんど勘です」

「鋭い勘ね。素晴らしいわ」


 勘と言ったものの、最大限リリアンヌの観察は行った。特に披露会の衣装は、以前の作られたリリアンヌではなく本物の彼女が見られると思った為に、そこを参考にした。


「私にもそこそこ鋭い勘があると思ってるのだけど」

「はい」

「……もしかして、大切なお金を使ったんじゃないの?」

「そうです」

「それは……本当に、光栄なことだわ」


 姉達の反応はやはり同じで、私の人生を尊重しているからこそ出る反応であった。


「……どうしましょう。靴だから使ったらいずれはボロボロになってしまうわよね」

「いずれは」

「うーん……それなら透明な箱に入れて飾っておくべきかしら?」

「お、お姉様」

「フェルクス家に持っていくとして、宝物庫に置くべきかしら。でも、毎日見たいから自分の部屋かしらね」

「お姉様、是非ともお使いください!」

「そうしたいのは山々……そうだわ、レプリカを作りましょう。それを使うの。うん、我ながら名案ね」

「は、はははは」


 どうしていいかわからず半ば乾いた声で答える形になってしまった。何とか飾るという暴走を止めると、最後にカルセインの元へ向かった。


「お疲れ様です、お兄様」

「あぁ、レティシアか。どうかしたのか?」

「こちらを渡しに」


 部屋に入ると、兄がいる机に素早く向かった。


「……?」

「感謝の贈り物です。命を救っていただいたので」

「……俺はお前から貰える立場では」

「もう充分、償われたと思いますよ」

「!!」


 いつか自分が言った、心が狭いから簡単に許すことがないという言葉を思い出す。あの頃に比べて、カルセインに対する心情は大きく変わった。何度も助けてくれたこと、そして守ってくれたこと。兄としての役目を大いに果たした彼に、もはや償いは必要ない。


「……充分です、お兄様。私は貴方を許しますよ。そして改めて。ありがとうございます、私のわがままにたくさん付き合っていただいて。信じてくれて」

「……俺はまだまだ未熟だ。宰相という重い立場になってしまったが、完璧からは程遠い。それに加えて王城は魔窟で、自分を見失うこともあるだろう。だから、自分は視野が狭く思い込みの激しい人間だと理解しておく必要がある。その為に、その戒めの為に、これを受け取る」

「戒めって……お兄様、何だか邪悪なものを渡したみたいで嫌です。素直に受け取ってください」

「わ、わかった。ありがとう、レティシア。あ、あけるな?」

「はい」


 変に真面目な部分が出てくるのが、カルセインの厄介な所だ。


「……万年筆。こんな高そうなものを貰っていいのか」

「はい」

「……い、いくらしたんだ。帳簿に書かないと」

「その必要はないです。私個人のお金なので」

「個人の……」


 ピタリと動きが停止したかと思うと、何だか見たことある光景が繰り広げられた。


「これは使えないな。どこに飾ろう」

「万年筆は飾るものではなく、使うものですよ。お兄様」

「こんな価値のつけられない高価すぎるもの、そう簡単に使えない」

「あのですね」


 リリアンヌと同じことを言い始めた兄に対して、説得をするのには少しだけ時間がかかった。喜ぶ反応は嬉しいものの、想像と違うものは対処しがたい。


 贈り物とはなんぞやと考え直す夜を過ごすことになるのだった。

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