第144話 身に付けるべき能力



 断罪が行われた二日後、エルノーチェ公爵家にはレイノルト様が訪れていた。リリアンヌは一度戻ってきていた。


 部屋にベアトリスとカルセインも含む全員が集まると、今後に関する話が始まった。


 私とレイノルト様が隣に座ると、その正面に姉二人が座る。レイノルト様側にカルセインという構図になると、まるで面談のような形になった。


「……大公殿下。いずれはもちろん、レティシアは帝国へ旅立つことはわかっています。ですが今すぐにというのは時期尚早だと思うのです」

「それは……」

「レティシアはようやく悪評が不名誉だと認められた身です。ですが、実際のレティシアを知る者は少ないでしょう。認められただけで、憶測ではいくらでも語れます。それを本当の姿で塗り替える必要があります」

「そうですね」


 ベアトリスの懸念が語られると、真意を察したレイノルト様は同意の様子を見せた。


「確かにレティシアは社交界での経験が少なすぎますね。これからは帝国の社交界に足を踏み入れるのですから、その準備も必要ですね。お姉様、大公殿下」

「えぇ、その通りよリリアンヌ。レティシア、貴女は今充分強くなったわ。でもこれからは他の部分の強化をしないといけない。……そうでないと、安心して送り出せないわ」

「お姉様……」


 姉達の言いたいことはよくわかる。私自身も、自分に経験が足りないことは理解していた。


「ご安心ください。今すぐに帝国へ行く予定はございませんでした。……実はあの日の帰り道、レイノルト様と話し合いをしたので」

「そうだったの……」

「はい」


 姉達の不安を和らげるように、柔らかい笑みで頷いた。


◆◆◆


 王城からの帰り道、私はレイノルト様に今後について尋ねた。


「……レイノルト様」

「どうしましたレティシア」

「今後について……なのですが」

「はい」

「……大変申し訳ありません。私はすぐにフィルナリア帝国に行くことができません。その準備が何一つできていないので」

「…………」

(私にはまだ、帝国に行ける勇気がない。不安しかないわ)


 レイノルト様がどう考えていたかはわからない。すぐにでもセシティスタ王国を出るつもりだったのか、はたまた居続けるつもりだったのか。


「安心してください」

「え?」

「元々そのつもりでした。問題が片付いたからといって、直ぐ様連れていくほど急かすことは全く考えていませんでしたから。……もちろん、本音はすぐにでも向かいたい気持ちがありますが」

「レイノルト様……」

「レティシアが帝国に来るには、私が想像するよりもはるかに大きな不安があるでしょう。そこで提案なのですが、事前に必要な予備知識を私の元で学びませんか? もちろん社交面では優秀な姉君お二方にお任せして、それ以外を私と一緒に準備をするという形で────」

「是非ともお願いしたいです!」

(レイノルト様は神様ですか!?)


 頷かない理由がないほど、私のことをどこまでも考えてくれた案だった。レイノルト様のその気持ちに嬉しさを感じながら、勢いよく申し込んだ。


「ははっ、もちろんですよ。しっかりと準備をしてから向かいましょう。レティシアの不安を除くはもちろん、見守ってくださる方々が笑顔で送り出せるように」

「はい」

(レイノルト様の言う通りだわ……)



 そうだ。私にとってはもちろん、異国の地に向かうことは不安だが、ベアトリスやリリアンヌやカルセインにとっても不安はつきないだろう。


「よろしくお願いしますね、レイノルト様」

「もちろんです。……あ。レティシア、貴女に伝えておきたいことが」

「何でしょうか?」

「実は近々、一度フィルナリアに戻らなくてはならなくて」

「そうでしたか」

「少しの間不在になりますが、なるべく早く戻ります。絶対」

「お気をつけてくださいね」

(……早く帰ってこれるといいな。もし色々な人に引き止められたら、次会えるのはいつになってしまうんだろう)


 考えてみれば、レイノルト様は思いの外セシティスタに滞在していただろう。一度戻るとはいえ、今後戻ってくるには向こうでの仕事も済ませないとならないだろう。その上、国王陛下をはじめとする周囲の人達がレイノルト様を引き止めれば……そんな不安に一瞬で埋め尽くされた。


 心配させまいと表情に出さないようにしていたが、それでも鋭いレイノルト様は察していた。


「……レティシア、必ず戻ってきます」

「あ……」

「現実問題、一週間以上は離れることになると思います。ですから、寂しくないように文通をしませんか?」

「文通……はい、是非!」


 考えてもいなかった提案に、自然と不安が消え去っていく。嬉しくなりながら、勢いよく頷いた。


「では、向こうに到着したらまず私が送ります」

「お待ちしてますね」


 いつものように笑顔を浮かべると、流れるようにレイノルト様に抱き締められた。


「レ、レイノルト様」

「少しの間、こうさせてください。離れてしまう分まで」

「……えいっ」

「わっ……ふふっ」

(……レイノルト様が早く帰ってきますように)


 レイノルト様に回された手に対して、私も背中に手を回して抱き締める力を強めた。


 一瞬驚いた反応を体で感じるが、すぐに暖かな雰囲気に戻った。お互いの鼓動を感じながら、ただ静かに時間が流れるのを感じていた。


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