第143話 立ちはだかる難問(ベアトリス視点)




 ようやく一つの大きな問題が片付いた。本来なら感傷に浸ったり、休憩したりする所なのだが、悲しいことにそんな暇はないのが現実だ。

 問題が片付いたからこそ、公爵という椅子が空席になってしまった為自分が補わなければならない。


 陛下と共に執務室へ入ると、私は公爵代理、カルセインは宰相の手続きを諸々済ませた。カルセインが宰相の仕事に慣れて落ち着くまでの間、私が代理をするということで話が落ち着いた。


(これから忙しくなるわね)


 書類が片付けられた机の上には、茶器が三つ用意された。すぐに帰るつもりだったが、有無を言わせない無言の圧が滞在を余儀なくされた。


 特段話すことがないので、カルセインと二人してカップを手に持った。


「さて。ここからが重要な話だが……ベアトリス嬢、カルセイン。君達はいつ結婚するつもりだ?」

「うっ!……げほっげほっ」

「……急な話ですね」


 予想外の話題ではあったせいか、カルセインは口にした紅茶がむせる結果になった。各言う私は、特に動ずることなく首をかしげる気持ちで真意を尋ねた。


「急でもないだろう。二人揃って婚約する年齢も適齢期を過ぎているだろう。同年代の令嬢、子息の中には結婚をしている者も出始めているくらいだ。そこらへん、何か話は進んでいるのか」

「何故でしょうか?」


 陛下の言いたいことは凄くわかる。私に関しては結局王子のことを追いかけるフリをするだけという結果に終わった。同じことをしていたリリアンヌには婚約者がいた。ではお前はどうなのかと。


 私には婚約者候補も片想いをする相手もいない。解決しなくてはならないこともわかっている。だがこれはあくまでも個人及びにエルノーチェ家の問題なので、陛下の手を煩わせるわけにはいかないだろう。


「いや、焦らせるつもりはないが……やはり二人が結婚はともかく婚約者すらいないとなれば、妹二人は結婚できないのではないか」

(!!)

「あ……」


 ……しまった、それはすっかり盲点だった。カルセインからも思わず声が漏れる。


「年功序列、とまでは言わないが下の者は上の者に気を遣うものだろう。特に女性同士に関しては結婚について」

「それは……」

「最悪、二人が婚約者を見つけるまで結婚しないまであるんじゃないか。長らく婚約していたリリアンヌ嬢はともかく、末のレティシア嬢は特に」

「…………」


 陛下の意見は最もだ。


 レティシアが結婚しないのもそうたが、何だかんだ言ってリリアンヌもしない姿が容易に想像できる。


(……もしかして、私が考えていたよりも事態は深刻なのかしら)


「ベアトリス嬢もそうだが、カルセイン。君はどうなんだ?」

「わ、私は……その。あまり女性が」

「あぁ……環境上言いたいことはわかるが、それでも避けては通れぬ道だろう」

「そうですが」


 カルセインが母の影響から女性に壁があることは前々から気付いてはいた。やらなくてはいけないこともあって、その問題に向き合うのは先送りにしていた。


「ベアトリス嬢、カルセイン。結婚はまだいい。だが婚約者はなるべく急いで作る必要があると思うぞ。ただ立場上相手は慎重に決めなくてはならないが……」

「「…………」」


 一難去ってまた一難とはまさにこのことで、これは私とカルセインにとってかなり面倒な問題になりそうなことは間違いない。


「もし……恋愛結婚を望むなら、その意思はもちろん尊重する」

「れ、恋愛……」

「カルセインはどちらを希望するんだ? もし恋愛希望じゃないなら、相手はすぐみつかるだろう」

「確かにそうですね。事情がある私と比べて、カルセインの方がどうにかはなるでしょう」

「ね、姉様!?」

「陛下。それに比べて私は厳しいと思います。事情があったとはいえ、それを理解してもらうのはかなり難しいことです。その上、先ほど仰られた通り同年代のご子息方は婚約済みの方が多いですから。……もしご尽力いただけるのなら、結婚願望も特にない私よりもカルセインをお願いしたいです」


 代理のために公爵になる期間は限定された時間だ。つまり、私は最悪婚約者を見つけなくても問題ない。公爵家を継ぐのはカルセインなのだから。


 恋愛や婚約に関して何も考えずに告げると、陛下からは暖かな言葉が返ってきた。


「……カルセインを優先するのはわかった。だがベアトリス嬢。無理強いをするわけではないが、婚約に関して考える時間や暇もないと言うのなら、その時間は設ける。でなければ……君の二人の妹とカルセインは納得しないだろうからな」


 カルセインの方を向いて見れば、力強く頷かれた。


「姉様、リリアンヌとレティシアの考えを含めて私が代弁しますが……どうか、ご自分の幸せも考えてください」

(自分の……)


 自分の幸せを考える。


 その言葉は、ずしりと重く自分の心にのし掛かった。ただ嫌な重さではなく、自分に向き合えという弟たちからの無視してはいけないメッセージの重さ。


 自分はどうしたいのか、どうすべきなのか。私は今一度考え直さなくてはいけない

 

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