第140話 選ばれし者(キャサリン視点)




 幼い頃から、私にとって母の存在はあまりにも大きな存在だった。


 社交界で絶対的な影響力と権力、そして圧倒的な立場を持つ人。それに加えて立ち回りも素晴らしく、自らが輝くためにはどんな手段も厭わない方だった。


 計算され尽くした行動の結果、子どもを五人も産んだ彼女の地位は落ちぶれることはなかった。


 社交界を離れる時間が多ければ忘れられて、影響力を失うのが当たり前の世界だ。けれど、母は決してそのようなことなく輝き続けていた。


 そんな母に、強烈に惹かれていった。


 とても素敵な人。あれこそ女性が目指すべき高みであり、生きる理由。母こそ私にとっての理想像なのだと。


 その血を引いた私は、選ばれし者なのだと思わずにはいられなかった。


 しかしエルノーチェ家には私が産まれるより前に、既に二人の女児が誕生していた。自分よりも適任で、母の全てを受け継いでいる人が別にいるかもしれない。そう思っていた。


 けど、神は私に味方した。


 私こそが、母の全てを受け継いでいる娘だったのだ。


 確信したのは、姉達が社交界に行く姿を何度か目にした時。あのような身勝手な態度では、母のような完璧な女性に及ばない。


 上手く立ち回る才能も、センスも姉達は持ち合わせていなかった。それを哀れに思いながらも、にやけが止まらなかった。私こそが母の後を受け継ぐべき、社交界の華として相応しい人間とわかったから。


 利用できるものはどんなものでも利用をする。


 それが母の立ち回り方だった。


 当然、相手を利用する時は細心の注意を払って。自分が反撃を食らわないように、警戒して事を進めることが絶対だった。


 姉二人は利用されてるとも気付かない残念な頭だから、どれだけ利用しても大丈夫だった。公爵家に産まれたことで、傲慢に育った長女と自分が一番可愛いと思い込んでる次女。


 二人が社交界で地位を築ける理由はなく、私の隣に立つことさえないレベルなのは明らかだった。無能で輝くこともできない、そんな素質が丸でない可哀想なお姉様達。せめて私に利用されるのを、私の踏み台になれることを誇りに思ってほしいわ。そう思いながら、下に見ながら、思う存分利用した。


 その結果は成功そのもので、私は幼いながらも社交界で注目を浴びはじめた。皆が同情しながらも、好意的な目で見てくれる。姉達とは違って。視線が集まる以上の快感はなかった。 


 そしてふと思った。


 と。


 どんなに社交界で地位を築いても、影響力を持てても、母は結局公爵夫人止まり。その先に行けなかった人なのだ。


 なら、私は。


 私は公爵夫人などで妥協はしない。絶対に。王子妃、そして王妃こそが私に相応しい椅子だ。そう感じた。


 そう決心してから行動に移すのは早かった。姉達も第一王子へこれでもかと言う程アピールをしていたが、正直私の敵ではなかった。むしろそれを利用して、私は自分の評価を高めていった。


 社交界デビューをして、一年が過ぎていた。


 その頃だろうか。あの娘が目につくようになったのは。


 自分の価値を高めることこそ、私達女性が社交界で生きる意味というもの。地位や名誉を手に入れ、より高いところへ行くことが全ての世界なのだ。


 それなのに。


 あの娘は……レティシアは、その全てに興味を示さなかった。


 姉達のように王子に取り入ろうともせず、同世代の子どもが集まるパーティーに出席もしなかった。ただ部屋に籠り一人で過ごす少女。公爵令嬢として嘘かと思うくらいお金を使わない、変わった妹だった。


 私とは真反対の生き方。


 それが本当に気に食わなかった。まるで私は全てを否定されてる気分になった。母のように生きることは間違っていると、生き方で制されてる気がしてならなかった。


 だから、とことん利用してやることにした。


 社交界に興味があったかは知らない。だが、あの娘が良い意味で注目される前に潰さないと。そう本能が動いたのだ。悪評をばらまいて、私の完全なる踏み台になるよう仕立てた。


 どうせあの娘だもの。


 反撃の一つもできやしない。


 そうやって、いつしか決めつけるようになった。


 けどどうだろう。結果私は、その妹によって全てを壊された。


 一度は危機を回避したと思った。芽吹きそうだった花の芽を摘めたと本気で思った。


 けど、それこそ私の思い込みだったのだ。


 どんなに足掻いて、逃げ道を探しても、眩しく光るあの娘に勝つことはできなかった。


 私こそが選ばれた人間なのに、どうして。どうして天はあの娘に味方をするの?


 母がいた、あの社交界の絶対的な地位。それを受け継ぐのは、受け継ぐべきなのは、ベアトリスでもリリアンヌでもレティシアでもなく私なのに。


 私こそが、王妃になる人間なのに!


 強く抱いた怒りの心情は、灯ってはすぐに消えた。


「……あら、別れの挨拶にでも来てくれたの? レティシア」


 修道院行きが決まり、王城のある部屋に拘束されていた私のもとへやってきたのは、今世界で一番会いたくない人間だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る